地域医療の効率化を進める「地域医療連携推進法人」の取り組みが、山形県酒田市で注目を集めています。この法人を立ち上げたのは、日本海ヘルスケアネット代表理事の栗谷義樹さん(78)。長年にわたり地域医療に携わってきた栗谷さんは、過疎化が進む地方でも質の高い医療と介護を提供できる仕組み作りに尽力してきました。
この取り組みが特に力を発揮したのは新型コロナウイルスの流行時です。参加する医療機関や介護施設間でマスクや防護服の在庫情報をリアルタイムで共有し、不足している施設には迅速に供給できる体制を整えました。また、クラスターが発生した際には、感染対策の専門家を基幹病院から派遣し、適切なゾーニングや機材提供を行ったことで早期収束につなげました。軽症者のケアは地元の医師会が輪番制で担当し、顔の見える関係を活かしたスムーズな調整が可能だったそうです。
地域医療連携の理念は簡単に理解されるものの、実際に協力体制を築くのは容易ではありません。かつてこの地域でも、各病院が個別に生き残りを図る「消耗戦」の様相を呈していました。しかし、2008年に県立病院と市立病院を統合して急性期医療を日本海総合病院に集約したことで流れが変わり、広範な機能分担を目指す地域医療連携法人が誕生したのです。
この法人設立のきっかけは、地元の本間病院との連携強化が必要になったことでした。医師会や歯科医師会、薬剤師会も参加し、2018年に日本海ヘルスケアネットが始動しました。当初は「この仕組みで得をするのは総合病院だけではないか」と疑念を抱く声もありましたが、2年後には本間病院の理事長から「この法人は我々を支えてくれるものだと全職員が認識している」との言葉を聞き、栗谷さんは大きな手応えを感じたそうです。
栗谷さんがこの道に進むきっかけは、1998年に市立病院の存続危機を前に52歳で院長に就任したことでした。「改革は関わる人の本気が大切」という信念のもと、職員が改善提案しやすい環境を整え、不安の声に真摯に向き合う姿勢を貫きました。この経験が、地域医療を束ねる連携法人設立の基盤となったのです。
特に重要なのは情報共有の仕組みです。2011年には病院と診療所をネットワークで結び、電子カルテを共有するシステムを導入しました。当初は医師からの反発も予想されましたが、「何かあれば自分が責任を取る」という強い意志で導入を推進しました。結果的に、現場の医師たちはその利便性を実感し、円滑に運用が進んだのです。この仕組みのおかげで、退院前に患者の状態を診療所医に詳細に引き継ぐことが可能となり、患者はかかりつけ医からじっくり説明を受けられるようになりました。
さらに、過疎地医療を支えるためには、住民の医療情報を広域で共有するシステムの整備が必要です。今年初めに発生した能登半島地震の際、被災地の医療関係者が直面した困難を見て、より広範囲の診療所や病院、介護事業所を束ねる仕組みの重要性を再認識しました。こうした役割を地域医療連携推進法人が担うべきだと栗谷さんは語ります。