近年、札幌市内で企業の従業員が優先的に利用できる「企業主導型保育所」の設置が驚くべきスピードで進んでいます。これは、働き方改革の推進と企業の社会的責任(CSR)意識の高まりを背景に、従業員の福利厚生の充実を目指す企業が増えているためでしょう。この制度は、認可外施設でありながら認可保育所とほぼ同等の国の助成を受けられる点が最大の魅力です。
札幌市内の企業主導型保育所の数は、制度が導入された翌年の2017年4月1日時点では9施設に留まっていました。しかし、2018年には73施設へ、そして2019年にはなんと110施設へと急増しており、その勢いは目覚ましいものがあります。市内の全保育施設637施設(2019年時点)に占める割合も、2017年度の約2%から、この2019年には約2割を占めるまでに拡大しているのです。
この企業主導型保育所は、待機児童の解消を目的として2016年度から内閣府主導で導入されました。一般的な認可保育所に比べて設置要件が緩やかであり、自治体の関与が少ないため、企業にとっては比較的使い勝手の良い制度として受け入れられてきました。この柔軟性が、企業が従業員の働きやすさを向上させるための強力なツールとなり、急速な普及を後押ししたと言えるでしょう。
具体的に、導入企業はどのようなメリットを感じているのでしょうか。登別市に本社を置く野口観光は、2019年6月18日に定山渓温泉の章月グランドホテル近くで、同社として3つ目の企業主導型保育所を開園しました。社宅の一部を改築して設置したため、従業員は安心して子どもを預けられ、ホテルの調理スタッフが作る給食も保護者から好評を得ています。
同社の楠瀬将史執行役員によると、既存従業員の働きやすさ向上に加え、採用活動においても大きな利点となっているそうです。「会社を選ぶポイントになっている」という発言は、保育施設の存在が企業選定の重要な要素になっている現状を示しています。また、地域住民の子どもも受け入れている施設は、企業のイメージアップにも貢献していると言えるでしょう。これは、企業と地域社会が共存する未来のモデルを提示しているとも考えられます。
制度の急拡大に伴う課題と政府の対応
しかしながら、この急増の裏側には無視できない課題も存在しています。それは、サービスの質の低さを懸念する保護者からの敬遠や、保育士の確保が難航している施設が少なくないという現実です。その結果、定員充足率が低迷し、短期間で閉鎖に追い込まれる施設が相次いでいるのが現状です。SNS上でも「急ごしらえの保育所は大丈夫?」「保育士の質が心配」といった声が散見され、保護者の不安は小さくありません。
このような状況を受け、制度の運用主体である内閣府は、質の低い事業者を排除する目的で、2019年度の審査から要件を厳格化する方針を固めました。専門家による検討委員会では、運営者に対し、保育事業に数年間携わった経験を求めるなどの提言がなされています。待機児童対策の「切り札」として導入された制度の急成長に、政府自らがブレーキをかけるという判断は、質の確保が最優先事項であるという強い意思の表れでしょう。
札幌市内外で多数の企業主導型保育所を運営するプライムツーワンの佐藤範夫代表取締役も、「今までが甘すぎた。要件の厳格化は当然のこと」と、国の対応に理解を示しています。審査の厳格化によって、新規の申請が減る可能性は高いものの、これにより健全な施設運営が促進されることに期待が寄せられています。
質の確保に向けた企業の独自戦略
質の高い保育を提供するための鍵は、やはり人材の確保にかかっています。プライムツーワンでは、保育士の採用を成功させるため、報奨金制度を導入しているそうです。これは、現職の保育士からの知人紹介を通じて採用に至った場合、紹介した保育士に報奨金を支給するという取り組みです。この戦略が功を奏し、同社では保育士の募集が好調で、サービスの質の維持にもつながっているとのこと。
企業が設置する保育所だからこそ、単に従業員の子どもを預かるだけでなく、その企業ならではの強みや特色を活かし、他施設との差別化を図ることが重要だと考えます。例えば、野口観光のようにホテルの食事を提供するなど、従業員にとっても地域住民にとっても魅力的なサービスを提供することが、定員充足と安定経営につながるでしょう。安全性への配慮、入園者の募集、そして何よりも保育の質の向上に継続的に取り組む姿勢が、これからの企業主導型保育所には求められているのです。