衝撃事件の背景に潜む「8050問題」:中高年ひきこもり61万人の孤立と、家族を救うための支援の輪

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

2019年6月上旬、日本社会に大きな衝撃を与える事件が立て続けに発生しました。元農林水産事務次官による長男殺害とされる事件、そして川崎市多摩区で発生した児童らが巻き込まれた殺傷事件です。これらの事件は、「ひきこもり」状態にある中高年の存在と、その家族が抱える深い苦悩を、改めて社会の目の前に突きつける結果となったのです。

特に、殺人容疑で送検された元農水事務次官の熊沢英昭容疑者(76)は、長男である英一郎さん(44)について、事件の直前に起きた川崎市の殺傷事件を念頭に、「他人に危害を加えてはいけないと思った」という趣旨の供述をしていると報じられました。英一郎さんは実家に転居してから定職に就かず、自宅で長時間インターネットをするなど、ひきこもりがちな状態だったとされます。生活費は親が負担し、オンラインゲームに深くのめり込んでいたという情報もあります。

親子の間では口論が繰り返され、関係は悪化していたとみられますが、熊沢容疑者が区役所の福祉部門などの公的機関に相談することはなかったといいます。この背景には、「ひきこもり」という問題を世間に知られたくない、恥ずかしいといった意識が働き、周囲に打ち明けづらいという家族の心理が強く影響しているのではないでしょうか。結果として、孤立が深まり、支援の手が届かないまま痛ましい事態に至ってしまったのです。

深刻化する中高年ひきこもり:推計61万人の衝撃

今回の事件をきっかけに、中高年の「ひきこもり」に対する関心が急速に高まっています。内閣府が2019年3月に発表した初の全国調査の結果は、その深刻な実態を浮き彫りにしました。40歳から64歳までの層で、半年以上にわたり家族以外とほとんど交流せずに自宅にこもる人は、推計61万3千人に上るというのです。これは、これまで問題視されてきた若年層(15~39歳)の推計54万1千人を上回る数字であり、「8050(ハチマルゴーマル)問題」、すなわち「80代の親が50代のひきこもりの子の生活を支える」という構造的な問題が顕在化しているといえるでしょう。

この中高年層の約7割が男性であり、定年退職などで社会との接点を失ったケースや、若い頃から長期間ひきこもり状態が続いているケースも多いようです。川崎市の事件で自殺した岩崎隆一容疑者(51)も、ひきこもり生活を送っていたとみられますが、彼自身や同居する親族にも必要な支援が届いていませんでした。親族が介護サービスについて市に相談した際に岩崎容疑者のことに触れてはいましたが、市は本人の意思を尊重し、無理な介入を避けたといいます。

川崎市の福田紀彦市長は2019年6月3日の記者会見で、市には「ひきこもりを専門に担当する職員がいる」として、「心配があればためらわずに相談してほしい」と市民に強く呼びかけました。この市長の言葉は、まさに支援の輪を広げるための切実なメッセージだと私は感じています。

「SOS」を待つ支援の限界と孤立を防ぐネットワーク

現在、ひきこもりに対する支援体制は、国や自治体によって整えられつつあります。厚生労働省は全国の都道府県や政令指定都市に**「ひきこもり地域支援センター」を設置しており、臨床心理士などの専門職が電話や対面でのカウンセリングを実施しています。これは、当事者が抱える課題を整理し、医療や就労などの行政サービスへつなげる、橋渡し役としての役割を担っているのです。また、「生活困窮者自立支援制度」の相談窓口でも、就労支援などが行われています。

一方で、家族会やNPO団体による活動も活発です。NPO法人「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」などでは、親や当事者が同じ境遇の人と思いや悩みを語り合う場を提供したり、専門家を招いた勉強会、さらにはひきこもり経験者が助言を行うピアサポート(同じ立場の人同士が支え合うこと)の取り組みも広がりを見せています。こうした活動は、孤立しがちな家族にとって、精神的な支えとなっているでしょう。

しかし、都内のある自治体の支援員は、「家族や本人からの『SOS』が寄せられて初めて支援が始まる」という現状の課題を指摘しています。情報がない限り、孤立する人々を救い上げるきっかけをつかめないのです。これが、支援を必要としながらも、相談をためらう家族や本人に、いかに手を差し伸べ、支援につなげるかという最大の難関となっています。

無用な偏見を排し、「恥」ではない社会へ

一連の事件を受けて、ひきこもり状態にある人々を犯罪と結びつけるような風潮が広がるのではないかという懸念も広がっています。これに対し、NPO法人「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」は、川崎の事件後すぐに、ひきこもりの人が「無関係な他者に危害を加えるような事態に至るケースは極めてまれだ**」という声明を発表し、無用な偏見を避けるよう強く訴えています。

同連合会の上田理香事務局長は、ひきこもりは決して**「恥ずかしいことではない」と強調し、「誰も家族を責めたりしない」と語りかけています。そして、まずは「地域の家族会や自治体に連絡してつながりを持ってほしい**」と、一歩踏み出すことの重要性を説いています。私も、このメッセージに強く同意します。ひきこもりは、決して一部の家庭の問題ではなく、誰の身にも起こりうる社会的な課題なのです。

大切なのは、危険視する風潮に流されることなく、当事者や家族が安心して助けを求められるような、温かい社会のネットワークを築くことです。行政の専門相談窓口やNPO、家族会の活動を、地域社会全体が理解し、「孤立」を生まない体制を築き上げることこそが、二度と悲劇を繰り返さないための、私たちの責務ではないでしょうか。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*