現在、米国と中国の間で激化しているハイテク技術を巡る覇権争いが、驚くほどの勢いで日本企業を巻き込み、翻弄し続けています。米国が次々と打ち出す輸出規制や投資規制は、表面上は米中二国間の問題に見えますが、その影響は間接的に日本の企業にも及び、結果として中国関連事業からの「デカップリング」(切り離し)を迫るような事態を引き起こしているのです。
最先端の技術領域における覇権を競い合う米中の対立が深まれば深まるほど、多くの日本企業が両国の間で板挟みになり、難しい対応を迫られる可能性が高まっていくでしょう。私見ですが、これは単なる貿易摩擦ではなく、技術覇権をかけた新時代の冷戦とも言える状況であり、日本企業にはかつてないほどのリスク管理と戦略的な意思決定が求められる正念場だと考えています。
🇺🇸米国規制の波紋:国外M&Aにも影響を及ぼすCFIUS規制とは
米国が敷く規制の網は、一見無関係に思える日本の企業にも及んでいます。昨年秋には、ある日本の建設関連企業が、中国企業からの少額出資を受け入れるに際し、「米国の当局に届け出るべきか」と米国の法律事務所に問い合わせる事態が発生しました。なぜなら、2018年11月に対米外国投資委員会(CFIUS)がM&A(合併・買収)に関する規制を強化したからです。
CFIUSとは、外国企業による米国企業への投資が米国の安全保障に与える影響を審査する政府機関のことで、中国への情報流出を防ぐため、半導体などの「重要技術」を扱う米国企業への買収については、事前申告が義務付けられました。驚くべきは、この規制が米国外の企業同士の事業再編にまで影響を及ぼしている点です。例えば、LIXILがイタリアの建材子会社を中国企業に売却する計画を断念した事例もその一つです。
前述の建設関連企業のケースでは、「出資の見返りとして、中国人技術者を同社の米国拠点で研修させることを求められていた」という背景があり、これが規制の対象となる可能性を弁護士は指摘しました。この事例は、たとえ少額の出資や人材交流であっても、技術の移転や研修が絡むと、思わぬ形で米国の規制対象になり得るという教訓を示しています。
先端技術を狙い撃ち!「平時」の技術移転をも監視するECRA
今後、日本企業が特に注意を払う必要があるのが、2018年8月に制定された国防権限法に盛り込まれた輸出管理改革法(ECRA)です。この法律は、人工知能(AI)やバイオ技術など、14分野の技術を「新興技術」および「基盤技術」と定義し、年内にもこれらの技術の輸出を規制しようとしています。これらの技術はすでにCFIUSの審査対象ですが、弁護士の見解によれば、ECRAの目的はM&Aの審査だけでなく、技術の移転が発生する「平時」においても、重要な技術の流出を包括的に監視することにあるようです。
この動きにより、最も大きな影響を受けると予想されるのが、産学連携による共同研究の分野でしょう。すでに米国の大学では、中国リスクへの対応が始まっており、ハーバード大学では、リスクが高い企業や組織との共同研究に関して、機密技術の非公開、提供された情報機器の学内ネットワーク接続の規制、そして中国政府系の友好機関である「孔子学院」の受け入れ禁止といった管理規則が定められています。
これを受け、東京大学の副学長は、「今後は、日本の企業の研究機関も、米国の大学に並ぶほどのリスク管理体制を構築しなければ、米国との共同研究に支障をきたす可能性が出てくる」と警鐘を鳴らしています。昨年12月の華為技術(ファーウェイ)の幹部逮捕や、スタンフォード大学の著名な中国系物理学者の自殺が憶測を呼んだことなど、この技術を巡る緊張感は非常に根深いものがあると言えるでしょう。
⚖️国籍差別と輸出規制のジレンマ:企業が直面する別のリスク
一方で、デカップリングを過度に意識し過ぎた対応をとることで、別の種類のリスクも生まれています。2019年2月には、ホンダの米子会社であるホンダエアクラフトカンパニーが米司法省(DOJ)と和解しました。DOJは、同社のウェブサイトに米国人に採用を限定する記載があったことを問題視し、これを「国際武器取引規則(ITAR)や輸出管理規則(EAR)を誤って解釈し、雇用において国籍差別をした」として調査を開始したのです。
ITARやEARには、軍事転用されかねない機微情報への接触を米国人に限る「みなし輸出規制」という規定があります。ホンダ側は「規制に対応した意図はなく、記載ミス」と釈明しましたが、結局は4万ドル以上の制裁金を支払い、求人から国籍要件を撤廃することで和解に至りました。企業関係者は不正な技術輸出や再輸出を警戒していますが、この一件は、みなし輸出規制への対応と雇用関連法制のバランスをとることの難しさを浮き彫りにしています。
🇨🇳中国も対抗措置を準備:日本のSNSでも広がる懸念の声
こうした米国の動きに対し、中国も黙ってはいません。2019年5月31日には、中国企業に不当な損害を与えた外国企業をリスト化すると公表し、対抗措置の構えを見せました。さらに、軍事転用可能な先端技術の移転を規制する「輸出管理法」の準備も進めています。弁護士は「その内容は、再輸出規制など、米国の規制と合わせ鏡のようになっている」と指摘しており、中国が技術力の向上を背景に、この規制を米国との交渉カードとして使おうとしていることが見て取れます。
この米中対立のニュースは、日本のSNSでも大きな反響を呼んでいます。特に「デカップリング」という言葉に対しては、「日本企業が巻き込まれて疲弊するだけだ」「技術を盗まれるのも困るが、中国市場を失うのも致命的」といった懸念の声が多く聞かれました。また、「CFIUS」や「ITAR」といった専門用語の複雑さに対し、企業関係者と見られるユーザーからは「法令遵守(コンプライアンス)の担当者は胃が痛い」といった投稿もあり、その影響の深刻さがうかがえます。
藤井康次郎弁護士が提言するように、多くの日本企業にとって米国と中国の市場はいずれも重要であるため、今後は社内で米中事業部門間の情報遮断を徹底し、技術流出のリスクがないことを両国の当局に対して説明できるようにする体制構築が急務となるでしょう。米中間の貿易摩擦が続く中で、技術流出を巡る確執はますます根深くなっています。同盟国である米国と、「一帯一路」を通じて覇権を目指す中国、この二大国の対立の渦に日本企業が巻き込まれないよう、細心の注意が払われる局面に入ったと言えるでしょう。