2019年6月上旬、米国の金融政策を決定する連邦準備理事会(FRB)による早期利下げ観測が、一気に強まりを見せています。そのきっかけとなったのは、FRBのジェローム・パウエル議長が6月4日にシカゴでおこなった講演での発言です。パウエル議長は、米中間の貿易戦争激化に対する懸念を表明し、「景気拡大を持続させるため適切に行動する」と明言しました。この「適切に行動する」という言葉は、景気の下振れリスクが高まれば、金融緩和へと舵を切る可能性を示唆するものとして、市場に大きなインパクトを与えたのです。
議長の発言は、すぐに具体的な利下げへの期待へと繋がりました。景気減速が明確になるのを待たずに、あらかじめ金融緩和をおこなう「予防的な利下げ」を支持する声がFRB内部からも浮上しているのです。特に、FRB内で金融引き締めに慎重な立場、すなわち「ハト派」として知られるセントルイス連銀のジェームズ・ブラード総裁は、6月3日の講演で「景気減速への保険として、政策金利の引き下げが近く正当化される可能性がある」と発言しました。FRB高官が「近く」という時期に言及したのは初めてのことであり、早期利下げ観測に一気に火を付けたといえるでしょう。
FRBハト派の発言と市場の圧倒的な反応
金融政策の方向性を決める**米連邦公開市場委員会(FOMC)で2019年の投票権を持つブラード総裁の発言は、市場の金融緩和観測を圧倒的に強めました。金利先物市場では、年内に0.25%の利下げがおこなわれる可能性を98%という高確率で織り込み、さらに、9月までに0.5%の利下げが実施されるとの予測も49%**に達しています。この数字は、投資家たちがFRBの金融緩和への転換を、もはや既定路線と捉え始めていることを示唆しているといえるでしょう。
そもそも、当時の米国経済は失業率が約半世紀ぶりの低水準にあり、景気の基調は底堅い状況にありました。2019年6月には、戦後最長を更新することが確実視されるほど景気拡大局面が丸10年間続いていたのです。しかし、政策当局から利下げ論が相次ぐ背景には、ドナルド・トランプ米大統領が中国やメキシコへの制裁関税を次々と打ち出すことで、貿易戦争の激化による景気減速懸念が急速に高まったことがあります。
景気減速のサインと「予防的利下げ」の狙い
実際に、米サプライマネジメント協会(ISM)が6月3日に発表した5月の製造業景況感指数は、前月比から0.7ポイント低下し52.1となり、2016年10月以来、2年7ヶ月ぶりの低水準を記録しました。貿易問題の余波を受け、製造業ではサプライチェーン(供給網)への影響を懸念し、生産や投資を差し控える動きが広がり、米景気は年後半に調整局面に突入する可能性が囁かれ始めたのです。著名投資家のスタンレー・ドラッケンミラー氏も、「景気後退には入っていないが、注意深く目をこらした方がいい」と警鐘を鳴らしています。
ここで注目されるのが、パウエル体制の理論的な支柱であるリチャード・クラリダ副議長が使い始めた「予防的な利下げ」という考え方です。これは、景気悪化が明らかになるのを待たずに、先手を打って金融緩和に踏み切るという手法です。過去には、アラン・グリーンスパン氏がFRB議長を務めていた1998年、アジア通貨危機で市場が動揺した際、景気拡大局面にもかかわらず同年9月から11月にかけて小規模な利下げを実施し、その効果でその後も米景気が3年近く拡大し続けたという成功体験があります。この成功体験から、現体制も景気減速の不安を払拭するため、積極的な金融緩和に動く可能性が高いと見られています。
編集者としての見解:FRBの迅速な対応は世界経済を救うか
私見ですが、今回のFRBの迅速な対応姿勢は、世界経済の安定にとっても極めて重要だと考えられます。米国経済が好調にもかかわらず利下げを議論するのは、それだけ貿易摩擦という不確実性が、景気の先行きにとって深刻な脅威であることを示しているのでしょう。FRBが予防的に行動することで、市場の不安を和らげ、企業が過度に投資や生産を控えることを防ぐ効果が期待できます。 この「予防的な利下げ」は、将来の大きな景気後退を防ぐための賢明な保険であり、金融当局の危機管理能力の高さを示すものだと評価すべきです。
日本の日本銀行(日銀)の幹部も「今回はFRBに出遅れるわけにはいかない」とパウエル体制の動きを注視しているとの報道もあり、米国の金融緩和が実現すれば、貿易戦争の余波も相まって、主要中央銀行の間で再び緩和競争が再燃する可能性もあるでしょう。FRBが2008年の金融危機後にも、積極的な金融緩和で景気回復へと導いた成功体験があるだけに、市場は今後のFOMCでの具体的な政策決定に大きな期待を寄せていることでしょう。世界経済の動向は、ひとえにFRBの今後の動きにかかっているといっても過言ではありません。