「君たちはなぜ学ぶのか?」東工大の教養教育改革「立志プロジェクト」が育む研究への志

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東京工業大学(東工大)が、全学生に向けて「君たちはなぜ学ぶのか」という根源的な問いを投げかけ、教育のあり方そのものを変える大改革を推進しています。その中でも特に注目されるのが、新入生が学ぶことへの問題意識を深め、将来の研究への志を立てるための機会として設けられた「立志プロジェクト」です。この革新的な教養教育を主導しているのが、「リベラルアーツ研究教育院」なのです。

2019年5月下旬、東工大大岡山キャンパスの小さな教室には約30人の新入生が集まり、4人程度のグループに分かれて活発な意見交換が行われていました。学生たちは「えんたくん」と呼ばれる円形の段ボール板を膝に乗せ、その上に広げた紙に、自身の意見や感想をカラーペンで書き出していくのです。時にファシリテーター役、すなわち議論の進行をサポートする大学院生が介入し、対話を促していました。

この日の重要なテーマは「水俣病」でした。新入生たちは前週、大講堂で水俣病に関する映像を視聴し、さらには、水俣病の被害者らを支援する「水俣病センター相思社」(熊本県水俣市)の常務理事である永野三智氏の貴重な体験談に耳を傾けています。高度経済成長という時代の裏側で、多くの人々の健康が損なわれ、今なお苦しんでいる現実を肌で知るという経験は、将来、研究者や技術者として社会に貢献する東工大生にとって、極めて価値ある学びとなるでしょう。

この立志プロジェクトは、東工大が導入した4学期制のうち、第1学期に約1,100人の新入生全員が参加する講堂講義から始まります。2019年度は、社会学、芸術、宗教など、様々な分野の専門家6名による講演が実施されました。学生たちは各講演の後、40の少人数クラスに分かれ、仲間が「何を知り、何を学んだのか」という率直な意見に真摯に耳を傾けるのです。最終回では、これらの学びをまとめ上げるプレゼンテーションも経験します。

対話と異文化理解が世界を広げる:リベラルアーツ教育の真髄

少人数での対話がもたらす効果について、ワークショップの第一人者である中野民夫教授は、「人と真正面から向き合い、自分とは異なる考え方が存在することを知ることで、学生の世界は確実に広がります。特に同世代の多様な意見は、大きな刺激になるはずです」と、その重要性を強調しています。このプロジェクトは2016年度に始まり、現在では学部4年生までがこの経験を積んでいます。

立志プロジェクトの集大成として、4年生(学生が3年生の時)は、「研究への志」をテーマとした「教養卒論」を書き上げます。この論文のタイトルには、「生きる」や「対話」といった、人間の根幹に関わるような言葉が目立つそうです。教養卒論を受け取ったリベラルアーツ研究教育院長の上田紀行教授は、「問題意識を高く持つ論文が多く提出されました」と評価しつつも、「学生は学年が上がるにつれて専門の研究に割く時間が増えるため、研究への志をいかに継続的にサポートしていくかが、今後の重要な課題になるでしょう」と述べています。

東工大は今、約70年ぶりという大規模な改革に取り組んでおり、世界水準の研究体制の構築や、組織運営(ガバナンス)の改革などを積極的に進めています。また、学部と大学院を「学院」として統合し再編するなど、教育体制そのものの見直しも、「人づくり」を目指す大再編の重要な柱となっています。

専門を超えた人間力の育成と、先人たちの志

学生の人間力を高めるための試みは、他にも多岐にわたります。例えば、修士課程では、異なる能力や考え方を活かす「支援型リーダーシップ」を学ぶための「リーダーシップ道場」が開講されています。また、博士後期課程では、専門分野が異なる学生同士が討論や発表を行う「教養先端科目」などが設けられています。これは、専門の「縦軸」だけでなく、教養の「横軸」を広げる、いわばT字型の人材育成を目指すものです。

戦後、東工大は「日本の再生」という大きな目標を掲げ、大学教育が果たすべき役割を深く議論しました。その際、心理学の宮城音弥氏、哲学の鶴見俊輔氏、社会学の永井道雄氏といった、当時の「知の巨人」たちを招聘したのは、未来の日本を担う人材の育成を何よりも重視していたからです。この先人たちの崇高な志は、現代の東工大において、次代を担う若者たちへと確かに受け継がれているに違いありません。

この東工大の教養教育改革は、SNSでも大きな反響を呼んでいます。「工学系の大学がここまで教養を重視するのは素晴らしい」「真の研究者は技術だけでなく、倫理観や社会への視点が必要だというメッセージを感じる」「日本の大学教育を変える一歩になるのでは」といった、肯定的な意見が多く見受けられました。専門性だけでなく、社会への洞察力や人間力を養う東工大の挑戦は、日本の高等教育の未来に一石を投じることになるでしょう。

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