日本酒「獺祭」を生み出す旭酒造(山口県岩国市)は、国内外で高い評価を受ける純米大吟醸を安定して供給し、日本酒輸出額で国内トップの15%を占めています。この成功を支えるのは、データ活用と徹底した手作業を組み合わせた独自のデジタルトランスフォーメーション(DX)です。
山間に位置する本社蔵では、毎朝9時30分に桜井一宏社長や製造部長らが集まり、前日に絞った獺祭の香りや味を確認するテイスティングが行われます。この短い時間で出荷の可否が決まる重要なプロセスには、タンクごとの温度や酒米の溶け具合、アルコール度数などを詳細に記録したデータシートが欠かせません。不調の原因が特定されると、その日のうちに発酵温度や麹(こうじ)の調整が行われる仕組みです。
旭酒造のDXの特徴は、大量生産を目指すのではなく、不調時の原因追求や品質向上を目的としている点です。データはクラウド上に集められ、ビッグデータとして活用されるだけでなく、テイスティング時に使うシートで「見える化」されています。また、こうしたデータ活用だけでなく、手作業へのこだわりも品質向上を支えています。例えば、酒米の洗浄は一般的な1トン単位の機械作業ではなく、10キロ単位で全て手作業で行い、水分量を0.3%以下の精度で調整しています。この緻密な作業が味わいに直結するため、機械に頼らず職人の感覚を重視しています。
さらに、麹造りもすべて手作業です。蒸した酒米を人の手でほぐし、種麹を振りかける工程を交代で担当しながら、2日半以上をかけて丁寧に進めます。この過程でも部屋の温度や酒米の重量といったデータを収集し、味のばらつきを防ぐ仕組みを整えています。
こうした取り組みの結果、旭酒造は2023年の日本酒輸出額410億円のうち61億円を占め、国内トップに君臨しました。同社が20年以上前から海外輸出に取り組み始めた当初は、桜井親子が中心となりトップセールスで市場を開拓しました。新型コロナウイルスの影響で世界的に家庭需要が増えた2021年には輸出額が69億円に達し、安定した供給と高品質で取引先からの信頼を獲得しました。
今後、旭酒造は輸出比率を現在の35%から90%前後に高めることを目標に掲げています。その一環として、アメリカ・ニューヨーク州に酒蔵を建設し、新ブランド「DASSAI BLUE」の販売を開始しました。当初は環境の違いから思うような味にならないこともありましたが、現場でのデータ活用とフィードバックを繰り返し、「納得の味」を実現するまでに至りました。
SNSでも「獺祭の品質の秘密はDXと職人技!」「世界に誇れる日本酒」といった声が寄せられており、注目度はさらに高まっています。旭酒造のDXは、単なる効率化ではなく、高品質な日本酒を世界に届けるための革新として進化を続けているのです。