2019年6月6日に公表された**「成長戦略実行計画案」は、日本の経済社会を大きく変革しようとする政府の強い意志を示すものです。この計画の基本的な考え方は、「第4次産業革命」の柱であるデジタル技術とデータを、全ての産業に影響を及ぼす「汎用技術(はんようぎじゅつ)」として捉え、経済社会システム全体の再構築を目指すことにあります。これまでの慣習にとらわれず、企業組織のあり方や、個人それぞれの働き方・仕事内容までを見直し、国の形そのものをアップデートしていく、壮大なビジョンが描かれていると言えるでしょう。
この変革は、「労働市場の両極化」という世界的な潮流に対応するためのものでもあります。これは、専門的なスキルを要する「高スキル」の仕事と、あまり専門性を必要としない「低スキル」の仕事が増える一方で、中間的なスキルで成り立つ仕事が減少していく現象です。日本が国際競争力を高め、持続的な成長を遂げるためには、創造性や感性といった、AIでは代替しにくい能力を持つ人材を育成し、高スキルの雇用を増やしていくことが不可欠です。政府は、必要な法制面を含む環境整備を急ぎ、2020年の通常国会での主要なインフラ整備・ルール整備の完了を目指しているようです。
特に注目されるのが、社会全体で「人的資本」への投資を加速し、労働市場の「流動性」を高めるという方針です。人的資本とは、人の持つ知識や技能を資本として捉える考え方で、これへの投資は、個人の能力開発や教育を指します。また、流動性が高まるとは、人々がより自由に職業を選択したり、転職したりしやすくなることです。多様な経験を積む機会となる副業の拡大も推進されており、現在は、労働時間や健康管理に関する課題の論点整理が加速されています。これまでの閉鎖的な「自前主義」を脱し、人材・技術・資本を外部とも連携する「開放型の組織運営」**へと移行することが、第4次産業革命の可能性を引き出す鍵となるでしょう。
「Society 5.0」実現に向けたデジタル・金融・インフラの革新
政府が目指す未来社会**「Society 5.0」の実現に向けた具体的な施策も多数盛り込まれています。Society 5.0とは、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会のことで、この計画はその基盤を築くものです。
デジタル市場のルール整備では、内閣官房に専門組織を設け、巨大な「デジタル・プラットフォーム企業」と利用者間の取引の透明性・公正性を確保するためのルール作りを進めます。これと並行して、個人情報保護法の見直しも進められています。また、「DFFT(データ・フリー・フロー・ウィズ・トラスト)」、すなわち信頼に基づいた自由なデータ流通の実現に向けた国際的な議論を主導し、世界貿易機関(WTO)におけるデータ流通ルールの整備にも貢献する方針です。これは、デジタル時代における日本の国際的な存在感を高める上で非常に重要な取り組みだと評価できます。
金融分野、特に「フィンテック」の進展に対応するため、機能別・横断的な法制の実現に取り組む点が画期的です。これは、銀行業や証券業といった「業態ごと」に分かれていた金融・商取引関連法制を改め、同一の機能やリスクを持つサービスには、提供者が銀行であろうとベンチャー企業であろうと「同一のルール」を適用しようというものです。この機能別アプローチにより、銀行送金以外の手段、例えば資金移動業者などを通じた幅広い金額の送金が可能となり、利便性が大きく向上するでしょう。この規制緩和は、特にSNS上で「ベンチャー企業による革新的な金融サービスが生まれやすくなる」「高額決済もアプリで完結できる時代が近づく」など、今後のキャッシュレス化や新しいビジネスの創出に期待する声が多く見受けられます。
また、公共サービスにおいては、マイナンバーカードを活用した新たな経済政策インフラの構築が進められ、例えば、子育て関連手続きをボタン一つで申請できるサービスの2023年度からの全国展開を目指すとのことです。さらに、次世代インフラの維持管理業務の高度化・効率化のために、地方自治体が利用するデータを一元管理するデータベースの全国導入も加速されます。これは、人口減少が進む地域において、限られた人員でインフラの維持管理を効率的に行うための喫緊の課題への対応**と言えるでしょう。
全世代型社会保障への改革と地方再生の取り組み
この計画案のもう一つの柱は、「全世代型社会保障」への改革です。少子高齢化が進む日本において、社会保障制度を持続可能にし、全ての世代が安心できる社会を築くための重要な施策が打ち出されています。
まず、70歳までの就業機会の確保です。企業に対して、定年廃止や70歳までの定年延長、継続雇用制度の導入といった多様な選択肢を法制度上で許容することを目指します。法制度は2段階で整備され、まず選択肢を明示した上で70歳までの雇用確保を**「努力規定」とします。そして第2段階では、企業名の公表による担保、いわゆる「義務化」に向けた法改正の検討を行う予定です。高齢者の持つ豊富な知識と経験を社会全体で活かすことは、経済成長にも不可欠であり、社会保障の担い手を増やす上でも極めて重要でしょう。一方で、年金支給開始年齢の引き上げは行わず、受給開始時期を自分で選択できる範囲を広げるに留める方針が示されており、高齢者の生活設計に対する配慮も見受けられます。
さらに、中途採用・経験者採用の促進も重視されています。政府は、個々の大企業に対し、中途採用・経験者採用の比率を情報公開するよう求め、従来の「新卒一括採用中心」の採用制度を見直し、通年採用による経験者採用の拡大を図ります。これは、社会全体の流動性を高め、多様なスキルを持つ人材が活躍できる環境を作るための施策であり、企業の競争力強化にも繋がるでしょう。
地方施策においては、人口減少下でのインフラ維持と地域経済の活性化が焦点です。地方銀行については、早期の業務改善のために、特例的に経営統合が認められるようにする方針が示されており、これは地域経済の要である地銀の体力強化を図る上で、一定のマーケットシェアが高くなることを容認する競争政策上の特例措置と言えます。また、大都市圏の人材が転職や兼業・副業として地方で活躍する機会を戦略的にマッチングし、地方の経営水準の高度化を図る人材供給を促進することも計画に含まれています。
総じて、この成長戦略実行計画案は、「Society 5.0」**を旗印に、デジタル化の推進と、高齢化社会への適応という二つの大きな課題に対し、大胆な制度改革をもって立ち向かおうとする意欲的な内容となっています。特に、銀行以外の送金緩和や70歳までの就業機会確保は、私たちの生活や働き方に直結する大きな変化をもたらす可能性を秘めており、今後の法制化の動向に注目していく必要がありそうです。