2019年5月以降、外国為替証拠金取引(FX)の個人投資家が、再びドル円相場へ活発に戻ってきています。背景にあるのは、米中貿易摩擦の激化によって、それまで膠着(こうちゃく)状態にあった相場が大きく動き出したことです。歴史的に見て値幅が非常に小さかった4月の約1円から一転し、5月は値幅が約3.5円にまで拡大したことで、とにかく値動きの大きさで収益を狙うFX投資家が、ドル円取引を再開した形となります。SNSのTwitter(ツイッター)でも、「久しぶりにエントリー!」「ドル円の大幅な下落でFX楽しい」といった、ドル円相場に関する投稿が目立ち始めている状況です。
東京金融取引所のデータによりますと、5月の「ドル円」通貨ペアの1日あたりの平均取引量は、前月比で4割増の2万枚に達しました。特に、円が約4カ月ぶりに1ドル=108円台まで上昇した5月31日には、今年の2番目に大きい取引量を記録しており、個人投資家の関心の高まりを裏付けています。FX市場で「ミセス・ワタナベ」の通称で知られる日本の個人FX投資家は、相場の流れに逆らう「逆張り」を好む傾向にあります。具体的には、通貨の下落局面で敢えて買いを入れ、再び上昇したところで売却して利益を確定させる手法です。円よりも高金利な通貨を保有することで得られる金利収益(スワップポイント)も魅力的なため、特に円高局面では、積極的に逆張りの動きを見せるのが特徴です。
QUICKが集計した店頭FX7社の取引データによると、今年の大型連休が明けた5月以降、FX投資家によるドルの買い持ち高(円の売り持ち高)は急増しています。連休前には、ドルの買い持ち高と売り持ち高の比率が約50%でほぼ均衡していましたが、直近では70%を超える水準にまで上昇している模様です。FX投資家は、東京外国為替市場において取引の約4割を占めるとされる一大勢力です。この大幅なドル買いは、5月のドル円相場においては「一定の円高抑止力となった」(外為どっとコム総合研究所の神田卓也氏)との見方もありました。しかし、現在そのドル買いの勢いは鈍化し始めています。
この背景には、アメリカ経済の減速懸念に伴う利下げ観測(中央銀行が景気を下支えするために、政策金利を引き下げること。金利の低下はその国の通貨の魅力低下につながり、一般的に通貨安要因となります)が広がり、円高基調が強まっていることがあります。これにより、「戻り売りで利益を得る逆張り戦略が取りにくくなっている」(外為オンラインの佐藤正和氏)のが現状です。また、これまでの研究でも、「為替変動が大きくなると、相場の動きに追随する順張り行動に変化する」(日本銀行の論文)ことが指摘されています。このため、FX投資家によるドル買いが弱まれば、これまで円高を食い止めていた力が失われ、円高圧力が強まることになります。
そして、すでにドル買い持ち高を高く積み上げている投資家たちが、相場が円安へ戻らないと判断した場合、損失を覚悟してドル売り・円買いを行う、いわゆる**「損切り」(含み損を抱えたポジションを決済し、損失を確定させること)を迫られることになります。この投げ売りが、かえって円高を加速させる圧力となる可能性が意識され始めています。市場では、「1ドル=105円割れ」が損切りの分水嶺**(ぶんすいれい:物事の方向性を決定づける重要な境目)とみられており、神田氏は「心理的な節目のこの水準を超えると、ドルの投げ売りにつながる可能性が高い」と警鐘を鳴らしています。
また、終値ベースで今年の高値である107円台半ばを、損切りの節目と見る市場参加者もいるようです。「ここで止まらなかったら、円高がもっと進むと見て損切りが増える」(佐藤氏)との見解も示されています。私が編集者として思うに、米国の金融政策が市場の大きな焦点となっている今、個人投資家のポジション動向は相場の転換点を予測する上で、ますます重要になってきていると言えるでしょう。これほどのドル買いポジションの積み上がりは、円高のさらなる進行を前提とすれば、まさに**「パンドラの箱」**のようなものと言えるかもしれません。一度損切りが始まれば、一気に円高が加速するリスクをはらんでいる状況です。
さらに懸念されるのは、今年1月3日に発生したような円の急騰です。あの時と同様に、急激な円高が起きた場合、ドル円だけでなく「豪ドル・円」や「トルコリラ・円」といった、他の通貨ペアの損切りも誘発する可能性があるでしょう。膠着相場(こうちゃくそうば:値動きがほとんどない状態)からドル円取引から離れていたFX投資家は、ドル以外の高金利通貨の買い持ち高を増やしてきました。売買が薄い時間帯に不測の円買いが起こると、年初のような**「フラッシュ・クラッシュ」**(突発的に相場が急落・急騰すること)が再来する懸念もくすぶっています。投資家は、積み上げたポジションの含み損の行方と、それに伴う市場の急変リスクを、これまで以上に注視する必要があると言えるでしょう。