2019年6月6日の米株式市場は、ダウ工業株30種平均が前日比181ドル高と2営業日連続で値を上げました。注目の的となっていたトランプ米政権によるメキシコへの追加関税措置を巡る協議が先送りされたことを受け、投資家たちの間に「妥結に至るのではないか」という期待感が広がり、取引終了前のわずか2時間で100ドル近い上昇を見せています。しかし、この日の自動車業界では、もう一つの大きなニュースが飛び込み、株価の動きに複雑な影響を与えているのです。
その大きなニュースとは、欧米自動車大手フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)とフランスのルノーとの間で進められていた経営統合交渉が、まさかの撤回という予想外の結末を迎えたことです。この統合が実現すれば、ルノーとアライアンスを組む日産自動車、三菱自動車を含め、年間販売台数1500万台という世界最大級の巨大自動車グループが誕生する可能性がありました。しかし、FCAがフランス政府の介入姿勢に難色を示したため、統合提案からわずか10日で交渉は白紙に戻されてしまいました。この破談劇の背景には、さまざまな思惑が絡み合っているようです。
交渉が立ち消えになった翌日の市場で、FCA株は0.8%の上昇となり、先に開いた欧州市場でルノー株が6%超下落したのとは対照的な値動きを示しました。この結果から、市場関係者の多くは、FCAが不利な条件で統合に踏み切るよりも、現状維持を選択した方が望ましいと判断したと見ています。FCAは、かつて金融危機で経営破綻した米クライスラーを、イタリアのフィアットが救済する形で発足した経緯があり、現在ではその営業利益の約9割を旧クライスラーの北米事業で稼ぎ出しているのです。これは、FCAにとって北米市場がいかに重要な収益の柱であるかを示しています。
FCAの収益の源泉は、**多目的スポーツ車(SUV)の「ジープ」と大型ピックアップトラックの「RAM」**という二大ブランドに集中しています。一方、セダン系や小型車のラインナップは手薄で、ルノーとの統合が実現すれば、セダン系を得意とする日産グループを取り込むことで、米市場における車種構成を相互に補完できるというシナリオを描くことができました。しかし、日産の西川広人最高経営責任者(CEO)は、統合交渉に対して「日産にとってのメリットを確認する必要がある」と慎重な姿勢を崩さなかったため、交渉は難航を極めました。欧州市場を主体とするルノー単体の業績は低迷しており、日産が加わらなければ、FCAの目指す巨大グループ構想は根本から成り立たない状況だったと言えるでしょう。実際に、FCAが5月27日に統合提案を発表した翌日、FCA株は7%も急騰しましたが、日産の慎重な姿勢が伝わると株価は失速し、今月5日までにその上昇分をほぼ帳消しにしてしまっていたのです。
メキシコ関税の影と自動車業界全体への重し
FCAとルノーの統合構想が白紙に戻ったことで、米国のライバルであるゼネラル・モーターズ(GM)やフォード・モーターは、巨大グループの誕生という脅威をひとまず回避した形になりました。ところが、6日の株価はGMが1.8%安、フォードが0.3%安と、芳しいものではありませんでした。これは、米国が検討している対メキシコ関税引き上げの可能性が、自動車関連株全体にとっての重荷となっているからです。メキシコは北米自由貿易協定(NAFTA)の枠組みで、多くの自動車や部品を米国に輸出しており、関税が課されればその影響は甚大です。
フォードの自動車部門を率いるジョー・ヒンリクス社長は、6日に開催された投資家向けイベントで、「メキシコ製の完成車と部品に関税がかかれば、自動車産業への影響は非常に大きい」と警鐘を鳴らしました。フォードはGMやFCAに比べてメキシコからの輸入台数は少ないものの、それでも米国市場で販売する車の1割がメキシコ製です。そして、GMやFCAに至っては、メキシコ生産車の比率が2割を超えているのが実態です。この数値からも、関税が実施された場合、各社の採算性が大幅に悪化することは避けられないでしょう。
SNS上でも、「FCAとルノーの件は、結局フランス政府と日産の二つの勢力に振り回された結果だ」「やっぱり日産抜きでは話が進まないのは明白だった」といった意見が多く見受けられ、交渉の行方に対する関心の高さがうかがえます。しかし、それ以上に「メキシコ関税のリスクが大きすぎて、自動車株には手が出しにくい」「関税が現実になったら、一体どれだけのコスト増になるのか予測不能」といった、関税に対する懸念の声が強まっている印象を受けます。統合の話題が去った今、自動車業界の最大の懸心事は再びメキシコへの追加関税問題へと戻ってしまったようです。この関税リスクが解消されない限り、投資家たちは自動車株への積極的な投資をためらうことになるでしょう。
編集者として申し上げますと、FCAとルノーの統合破談は、フランス政府の国益を優先する姿勢と、日産の自社のメリットを追求する慎重さがぶつかり合った結果であり、企業再編の難しさを浮き彫りにしています。しかし、それ以上に、米国の通商政策というマクロな政治リスクが、個別の企業の努力や戦略を凌駕し、業界全体を押し下げてしまう力を持っていることに、強い危機感を覚えます。通商問題の先行きが不透明なままであるため、自動車メーカーの株価は今後も重たい展開が続くでしょう。一刻も早い米政府とメキシコ政府の建設的な話し合いによる問題解決を望むばかりです。