いまだ治療法が確立されていない病気を、ゲノム編集の力で治せるようにしたい。そんな夢を追い、米ブロード研究所の上級科学研究員である齋藤諒氏は、新しいゲノム編集技術の開発に挑んでいます。齋藤氏が取り組むのは、従来の方法とは異なり、ゲノムを切断することなく遺伝子の機能を変える技術です。特に遺伝性疾患の治療に革新をもたらす可能性があるとして注目されています。
齋藤氏が所属するブロード研究所のフェン・チャン研究室は、生物工学分野で世界最先端の研究を進めるラボのひとつです。チャン氏は、2013年にゲノム編集技術「クリスパー・キャス9」を哺乳類に初めて適用したことで知られ、その革新性から「未来から来た少年」とも呼ばれる科学者です。クリスパー・キャス9は2020年にノーベル化学賞のテーマにもなり、病気治療や農作物の品種改良など、幅広い分野で利用されている技術です。しかし、細胞分裂が起きにくい神経や筋肉細胞では効率が低下するという課題がありました。
その限界を超えるために齋藤氏が開発したのが、DNAを切断せずに遺伝子を操作する「CAST」という技術です。このシステムは、「動く遺伝子」と呼ばれるDNAの上を自由に移動する仕組みを応用しています。この技術により、筋肉細胞のような分裂しない細胞でも効果を発揮し、筋ジストロフィーのような難治性疾患の治療に役立つ可能性があると期待されています。
齋藤氏がゲノム編集に魅了されたのは、スイス・バーゼル大学在籍時、毎月のように科学誌「ネイチャー」で目にしたチャン研究室の成果がきっかけでした。どうしてもこのラボで研究したいと願った彼は、ただ応募するだけではなく、チャン氏の興味を引く独自の研究課題を考えたうえで連絡し、その結果、採用されました。面接後、緊張と疲労で空港で寝込むほど全力を注いだことは、今でも印象深い経験だと語ります。
2021年には、真核生物(ヒトと同じ細胞構造を持つ生物)の中から、新たなゲノム編集ツール「ファンザー」という酵素を発見しました。この酵素の仕組みは、医療への応用可能性を秘めており、その成果は英科学誌「ネイチャー」に掲載されました。「地球上には無数の生物が存在し、その中には驚くべきシステムが隠されています。それを解き明かし、遺伝子工学に活用したい」と語る彼の目標は、未知の可能性を切り拓くことです。
SNSでも「切らないゲノム編集なんてSFのようだ」「難病治療に光をもたらす革命が始まっている」といった声が寄せられ、研究の進展に期待が高まっています。齋藤氏の挑戦は、病気治療の未来に新たな道を切り開く、大きな希望と言えるでしょう。