日本のお笑い界を牽引する吉本興業において、現在大きな波紋を呼ぶ事態が明らかとなりました。同社が運営するタレント養成所「NSC(吉本総合芸能学院)」が実施する恒例の夏合宿にて、参加者へ配布された誓約書に驚くべき文言が含まれていたのです。その内容は、合宿中に万が一の負傷や後遺症、さらには死亡事故が発生したとしても、会社側は一切の責任を負わないという「免責事項」でした。2019年07月31日に判明したこの事態に、世間では困惑の声が広がっています。
問題となっているのは、静岡県掛川市で毎年開催される「NSCお笑い夏合宿」の参加希望者に配布された書類です。ここでの「免責(めんせき)」とは、本来ならば発生した損害に対して負うべき法的責任を免除されることを指します。つまり、何らかのトラブルが起きた際にも賠償請求を一切受け付けないという、極めて強い拘束力を持たせようとした内容でした。時間厳守や禁酒といった生活規律の遵守と並んで、個人の尊厳に関わる重大なリスクまでもが参加者の自己責任とされていたのです。
この衝撃的なニュースが報じられると、SNS上では瞬く間に批判や驚きの投稿が相次ぎました。「時代錯誤も甚だしいのではないか」「笑いを作る場所で、なぜ死を覚悟しなければならないのか」といった厳しい意見が目立ちます。また、かつてこの過酷な合宿を乗り越えてきた芸人たちの苦労を知るファンからも、養成所の安全管理体制を疑問視する声が噴出しています。企業のコンプライアンスが厳しく問われる現代において、こうした強権的な誓約書は到底受け入れられるものではありません。
吉本興業側の説明によれば、実は2013年にも専門家から内容が不適切であるとの指摘を受けていたといいます。それを受けて2014年01月01日以降の誓約書からは一度削除されたものの、2017年01月01日からの配布分で、あろうことか「手違い」によって元の不適切な表現に戻ってしまったと釈明しています。事務的なミスが原因で、2017年から2019年08月01日までの3年間にわたり、多くの若手芸人の卵たちが命の保証を放棄するような書類に署名を求められていたことになります。
養成所のあり方と企業の社会的責任
NSCは1982年01月01日の設立以来、数多くのスターを輩出してきた名門校であり、現在は全国7カ所で展開されています。講師陣には桂文枝さんら重鎮も名を連ね、憧れの舞台を目指す若者にとっては唯一無二の場所と言えるでしょう。しかし、夢を追う立場にある若者の「弱み」に付け込むような契約形態は、教育機関としても企業としてもあってはならない姿です。一度は改善されたはずの文言が復活してしまう管理体制の甘さは、組織全体の意識の低さを露呈していると感じざるを得ません。
編集者としての視点から述べれば、今回のような事態は単なる「手違い」という言葉で片付けられる問題ではありません。特に芸能界という師弟関係や上下関係が色濃く残る世界では、立場が弱い養成生が不当な要求に「ノー」と言うことは極めて困難です。安全管理を徹底することは、エンターテインメントを提供する企業としての最低限の義務であり、そこを免責しようとする姿勢は、所属する才能を大切に育てようとする敬意に欠けているのではないでしょうか。
吉本興業は現在、既に書類の修正を行い、2019年度の参加希望者に対しては改めて説明を行っているとしています。しかし、失われた信頼を回復するためには、形式的な謝罪だけでなく、芸人を志す人々が安心して芸を磨ける環境作りを具体的に示す必要があるでしょう。お笑いという文化を支えるのは、何よりも「人」です。夢を追う若者の情熱が、不条理な誓約書によって冷え切ってしまうことがないよう、業界全体の透明性が向上することを切に願います。