【訃報】行政改革の旗手・水野清氏が死去。橋本内閣の知恵袋として中央省庁再編を成し遂げた不屈の政治家、その功績とSNSの反応

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日本の政治史に大きな足跡を残した重鎮が、静かにその生涯を閉じました。2019年07月28日、元総務庁長官で衆議院議員を9期務めた水野清氏が、老衰のため94歳で息を引き取りました。葬儀は故人の遺志を尊重し、近親者のみで執り行われるとのことです。喪主は妻の陽子さんが務められます。長きにわたり国政の最前線で走り続けた氏の旅立ちに対し、永田町からは惜別と敬意の声が次々と寄せられています。

水野氏の歩みは、戦後日本が豊かさを求めて突き進んだ時代と重なります。1967年の衆議院議員総選挙で初当選を果たして以来、当選を重ねること9回。建設大臣や自由民主党の総務会長といった要職を歴任しました。総務会長とは、党の意思決定を左右する最高意思決定機関のトップであり、その職を任されたことは、氏がいかに党内での信頼が厚く、調整能力に長けていたかを物語っていると言えるのではないでしょうか。

特筆すべきは、議員引退後もその政治手腕が衰えなかった点にあります。橋本龍太郎内閣において首相補佐官に抜擢されると、行政改革会議の事務局長として辣腕を振るいました。この時に彼が心血を注いだのが、現在の中央省庁の枠組みを作る「中央省庁再編」です。これはバラバラだった国の機関を統合・整理し、効率的な政府を目指した巨大プロジェクトでした。この難事業を成し遂げた粘り強さこそ、水野政治の真骨頂だと私は感じます。

SNS上では、当時の改革を知る層から「一つの時代が終わった」「今の官邸主導の礎を作った一人だった」と、その実力主義な姿勢を称える投稿が目立っています。省庁の壁を取り払うという、利害関係が複雑に絡む改革は並大抵の苦労ではなかったはずです。行政の無駄を省き、国民に分かりやすい政府を作ろうと奔走した水野氏の情熱は、今の政治家たちにも受け継がれるべき財産でしょう。心よりご冥福をお祈りいたします。

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