世界中で愛されている「ざんねんないきもの事典」の監修者としても知られる動物学者の今泉忠明氏が、長年のフィールドワークを通じて辿り着いた「森の気配」について、非常に興味深い洞察を披露されました。森に足を踏み入れた際、私たちは五感で様々な情報を得ますが、氏が提唱する「気配」とは、単なる物音や野生動物独特の匂いといった物理的な刺激を指すのではありません。それは、そこに流れる独自の「時間の流れ」そのものを指しているというのです。
今泉氏がこの感覚を強く自覚するきっかけとなったのは、2019年08月02日から遡ること50年ほど前、長崎県の対馬で行われた調査での出来事でした。当時の対馬はまだ深い自然が残り、氏も若き研究者として山中を駆け回っていた時代です。調査を終えて帰路に就こうとした際、周囲はすでに夕闇が迫り、木々の間は視界が利かないほど薄暗くなっていました。その静寂の中で、日常とは異なる異質な時の流れが氏を捉えたのでしょう。
急な下り坂に差し掛かったその瞬間、ふとした衝動に駆られて後ろを振り返った今泉氏の目に飛び込んできたのは、息を呑むような光景でした。そこには杉の木の枝に寄り添うようにして、4羽のフクロウの雛が横一列に並んでいたのです。雛たちは微動だにせず、真っ直ぐにこちらを見つめていました。この神秘的な邂逅こそが、まさに「森の気配」の正体であり、自然界の静かな営みが人間の時間軸と交差した瞬間だったと言えます。
このエピソードに対し、SNS上では「五感を超えた第六感のような感覚に共感する」といった声や、「50年前の出来事を鮮明に記憶していることに、プロの観察眼の深さを感じる」といった驚きのリプライが数多く寄せられています。単に動物を観察対象として見るのではなく、その場の空気感ごと飲み込むような体験は、現代人にとって非常に羨ましく、かつ尊いものとして映っているようです。
専門的な視点で補足すれば、今泉氏の言う「時間の流れ」とは、捕食者と被食者が緊張感を持って共存する「生物学的時間」を指していると考えられます。都市生活で消費される時計の針とは異なり、野生の時間は一瞬の静止と爆発的な動が背中合わせです。雛たちがじっと見つめていたという事実は、彼らが外敵の気配に敏感に反応しつつ、ある種の調和の中に身を置いている証拠でもあり、その濃密な空気が氏に振り返る動作を促したのかもしれません。
編集者の私見としては、このような「気配」を感じ取れる感性こそ、私たちが今最も取り戻すべきものではないかと強く感じます。情報過多な現代において、私たちは目の前の「今」を疎かにしがちです。しかし、今泉氏のように立ち止まり、背後の視線に気づく余裕を持つことで、世界はもっと多層的で豊かな表情を見せてくれるはずでしょう。自然との対話は、常に私たちのすぐそばで静かに待っているものなのです。