世界の主要中央銀行が量的緩和(QE)や量的・質的緩和(QQE)を通じてデフレ脱却や景気回復を達成した背景には、市場の期待をコントロールするフォワードガイダンス(FG)が大きく寄与していると言えます。このFGとは、金融政策の将来の方向性について市場参加者に明確に伝える手法のことであり、金融政策正常化の過程にある中銀にとっては、混乱を避けるための重要なツールとなります。
日本銀行は2024年7月末の金融政策決定会合で追加利上げを決定しましたが、その際の政策運営についての説明が不足していたことが、8月上旬に発生した急激な円高や株価急落といった市場の乱高下を招いた一因ではないかと考えられます。主要中央銀行が実践してきたFGの成功例として評価が高いのが、米連邦準備制度理事会(FRB)が2014年9月に公表した「正常化の原則と指針」です。同文書では、政策金利の変更基準、変更手段、有価証券の再投資方針など、詳細かつ丁寧に今後の方針が説明されています。
一方、日銀の植田和男総裁は7月末の会合後、「今回示した経済・物価の見通しが実現すれば政策金利を引き上げる」と述べましたが、その見通しが予想を外れた場合の具体的な対応についての説明はありませんでした。その後、8月7日に内田真一副総裁が記者会見で「しばらく様子を見る」と述べた際、植田総裁の発言との食い違いを問われ、「前提条件が変化したためであり、考えの違いではない」と説明しました。しかし、この一連の不透明なコミュニケーションが市場参加者の不安を招き、さらなる変動を引き起こした可能性があります。
金融市場は戦場のようなものであり、特に金融政策正常化の時期には、中央銀行が市場参加者と適切に対話し、その期待を管理することが不可欠です。市場が動揺すると、投資家は中央銀行の意図を汲み取ろうとし、ポジションを急激に変更するため、相場の乱高下が起きやすくなります。8月上旬の乱高下も、市場参加者が日銀の経済見通しに基づき、急激にポジションを変更した結果である可能性があります。
日銀がこうした混乱を避けるには、FGをさらに丁寧に行い、記者会見や公式声明で市場に十分な情報を提供することが求められます。さらに重要なのは、日銀が市場を「戦う相手」とみなすのではなく、国家や国民のために存在する機関であるという立場を強調することです。信頼を勝ち取り、経済全体の安定を確保するためには、政策の透明性を高めるとともに、一貫性のあるメッセージを発信することが必要でしょう。
SNSでは、「日銀の説明不足が円高を引き起こしたのでは?」や「FRBに学ぶべき丁寧なガイダンスとは?」といった議論が活発に交わされています。投資家や市場関係者にとって、今後の日銀の対応がさらなる注目を集めることは間違いありません。市場との対話を通じて信頼を築きながら、金融政策の正常化を進める日銀の手腕が試される時です。