2019年6月8日付のニューヨーク株式市場では、ダウ工業株30種平均が前日比263ドル28セント(1.02%)高の2万5983ドル94セントで取引を終え、驚異的な5日続伸を達成いたしました。この一週間での上昇幅は1168ドルにも達し、市場関係者の間で大きな話題を呼んでいます。この力強い株価の背景には、アメリカ経済の減速懸念から生じた、米連邦準備理事会(FRB)による利下げへの強い期待感があります。
相場を押し上げた決定的な要因は、7日朝に発表された5月の米雇用統計でした。この統計では、非農業部門の就業者数の増加がわずか7万5千人にとどまり、市場が事前に予想していた18万人増を大きく下回る結果となりました。非農業部門就業者数とは、農業以外の産業で働く人々の数を指し、アメリカの景気動向を敏感に映す重要指標です。この数字の低迷は、一部で景気後退の可能性すらささやかれるほど、市場に悲観的なムードを広げました。
しかし、この「悪いニュース」こそが、かえって株価を押し上げる結果となったのです。景気の停滞が現実味を帯びてきたと、J.P.モルガン・チェースのエコノミスト、マイケル・フェローリ氏が指摘するように、市場の関心は一気に金融政策へと集中しました。景気を下支えするためにFRBが政策金利を引き下げるだろうという観測が強まり、これがいわゆる**「利下げ期待」**となって、株式市場に活力を与えたのです。
この日の米国株相場は雇用統計の発表直後から続伸で始まり、午前中には一時2万6072ドルまで上昇し、2018年10月につけた史上最高値(2万6828ドル)に800ドル弱まで迫る勢いを見せました。午後に入ってからは概ね横ばいで推移しましたが、その勢いは目を引くものがありました。取引終了後、トランプ米大統領が「1年で最高の週だ」とツイートしたことからも、今回の株高に対する政権側の満足感が伺えるでしょう。市場参加者からは「利下げという特効薬への期待が、経済の不透明感を一時的に打ち消した」との声が多く聞かれ、SNS上でも「FRB頼みだが、この上げは素直に嬉しい」「来週のFOMCに注目だ」といった反響で溢れていました。
注目株と金融株の明暗:利下げ期待がもたらす影響とは
個別株に目を向けると、アップルが2.7%高、マイクロソフトが2.8%高となるなど、主要なハイテク株がこの日の相場を強力に牽引いたしました。景気後退の懸念が高まる中でも、IT技術を基盤とする企業群は、その成長性や高い収益性から、投資家にとって魅力的な存在であり続けています。市場全体としては、金利の低下によって収益が悪化する懸念がある金融株が売られる傾向にありましたが、それ以外の銘柄は軒並み上昇し、ニューヨーク証券取引所(
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)には活気が溢れていました。
FRBのパウエル議長が6月4日にシカゴでの講演で、「景気拡大を維持するために適切な行動を取る」と発言して以来、市場では利下げ観測が急速に強まっています。事実、この講演当日のダウ平均は、一日で512ドルという大幅な上昇を記録しました。議長は、景気拡大の重要な指標として「強い雇用と2%の物価上昇目標」を挙げていましたが、今回の雇用統計の結果は、景気減速のリスクを強く示唆するものです。
この状況を踏まえ、市場では金融政策決定会合である米連邦公開市場委員会(FOMC)に大きな注目が集まっています。モルガン・スタンレーのエコノミスト、ロバート・ローゼナー氏は、雇用統計を受けて、FOMCでは「経済の減速リスクを考慮しなければならないだろう」との見方を示しています。実際に、米国の金利先物市場では、年内に3回程度の利下げがすでに織り込まれており、さらに7月までに利下げが実施されるという予想も8割程度に達している状況です。
編集者として、私見を述べさせていただきますと、今回の株価上昇は、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の強さというよりも、金融当局のサポートへの期待が先行していると言えるでしょう。利下げは企業や個人の借入コストを下げ、経済活動を活発化させる効果が期待できます。しかし、それは同時に景気が自律的に回復する力が弱まっていることの裏返しとも言えるのです。この「利下げ期待相場」がどこまで続くのか、そしてFOMCがどのような決断を下すのか、今後もその動向を注意深く見守っていく必要があるでしょう。