【俳壇の傑作選】「サングラス」「スマホ」時代を映す!黒田杏子選に見る、令和の心に響く俳句の魅力

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

2019年6月8日付の俳壇で、高名な俳人である黒田杏子氏が選出した珠玉の句々が発表されました。今を生きる私たちの日常や心の機微を見事に捉えた作品群は、俳句という伝統的な文学形式が、いかに現代社会と深く結びついているかを証明していると言えるでしょう。この選評を通じて、一句一句に込められた作者の情熱と、選者である黒田氏の鋭い洞察力を読み解いていきます。

特に読者の心をつかむのは、里村直氏の「サングラスかけてよき妻よき夫名」という一句です。黒田氏は、この句を「たのしい句」「斬新な句」「傑作」と手放しで絶賛されています。たしかに「サングラス」という、これまで俳句では詠むことが難しいとされてきたモダンな題材を扱いながら、「よき妻よき夫」という普遍的な幸福のイメージと結びつけている点が際立っています。SNS上でも、「日常のワンシーンを切り取るセンスが素晴らしい」「ユーモアがあって好き」といった好意的な反響が見られ、現代の生活風景を肯定的に捉えた作品が、多くの共感を呼んでいることが分かります。

また、現代的な題材としては、伊藤弘通氏の「スマホ捨て句帳に親しむ新年度」も注目すべき一句です。作者が60歳の会社員であると明記されていることもあり、スマートフォン、つまり携帯情報端末(モバイルデバイス)が手放せない現代社会の状況と、敢えて距離を置き、改めて俳句という伝統的な表現に向き合う「新年度」の決意が清々しく伝わってきます。現代の喧騒から離れ、立ち止まって自分と向き合いたいという、現代人の潜在的な願望を象徴している句ではないでしょうか。このような、俳句が現代生活のアンチテーゼや心の拠り所となっている側面は、これからもますます重要になっていくと私は考えます。

一方で、歴史の流れを感じさせる句も選出されています。吉田かずや氏の「昭和遠し樺美智子の忌の遠し」は、1960年6月15日に起きた「60年安保闘争」で亡くなった活動家、樺美智子氏の忌日(命日)を詠み込んでいます。選者も指摘するように、激動の「昭和」という時代、そして「平成」をも経て、事件の記憶が遠ざかってゆく寂寥感、すなわち時代の隔たり(時間の経過によって物事の印象が薄れていくこと)が強く感じられます。歴史的な背景を持つ季語や忌日を詠むことで、過去と現在を結びつけ、読者に深い感慨をもたらすことができるのが俳句の醍醐味でしょう。

さらに、日常の情景や情緒を豊かに表現した作品も心に響きます。田中秋子氏の「寺の衆寄りて頂く皐月の茶伊万里」からは、「皐月(さつき)」の爽やかな季節、寺の静謐な空間で行われる和やかなお茶の席の雰囲気が、目に浮かぶようです。「伊万里」という焼き物の産地の名が、その場の格調高さや茶器への愛着を示唆しているのが印象的です。また、多賀与四郎氏の「病院にゆくためだけの更衣さくら」は、通院という日常の出来事の中に、季節の移ろいを感じる切なさや、生活の中のささやかな区切りを見事に捉えており、共感を呼び起こすに違いありません。

黒田杏子氏が選んだ句々は、時代の先端をゆく題材から、歴史の重み、そして何気ない日常の機微まで、多岐にわたるテーマを含んでおり、俳句の持つ表現の幅広さを示しています。例えば、前田尚夫氏の「初つばめ母の乗り込む介護バス吹田」は、人生の一断面を切り取り、家族の情愛と時の流れを静かに表現しており、現代社会における家族のあり方を思索させる句です。俳句は、詠む人の年齢や立場を超えて、その瞬間の感動や想いを五・七・五の十七音に凝縮する力を持っているのです。私たちは、これらの句から、改めて自分の生活を見つめ直すきっかけを得ることができるでしょう。

この選評で紹介された作品は、俳句が古臭いものではなく、むしろ現代を生きる人々の心に寄り添い、感動を与える力を持っていることを証明しています。私も編集者として、このような「今」を映し出す俳句の魅力を、より多くの読者に伝えていきたいと強く思います。瑞穂の渡部芳郎氏による「しやうぶ刈る日を前倒す明日は雨」のように、自然の摂理と人間の営みが交差する瞬間の描写や、東京の夢野夢幻氏による「孤独といふ錯覚と遊ぶ春夜」のような哲学的な深みを持つ句からも、尽きることのない俳句の可能性を感じ取ることができます。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*