現在、上場企業の経営陣が株主から株式を買い取り、会社を非公開化するMBO(マネジメント・バイアウト)に関するルール整備が急ピッチで進められています。MBOとは、企業の経営陣が自社の株主に対し、株式を譲渡してもらうことで自社を買収し、経営の自由度を高める手法です。これまで、日本のMBOにおいては、買収価格が低く抑えられがちではないかという懸念が指摘されてきました。実効性の高い新しいルールを確立し、公正なMBOをいち早く市場に定着させることが、喫緊の課題となっています。
MBOを実施する経営陣は、本質的に「利益相反」という難しい立場に立たされます。なぜなら、本来は株主の利益を最大化する義務を負うべき経営陣が、株式を買い取る「買い手」となり、株主からできる限り安価に株を取得しようとする構造になるからです。また、会社の内情に詳しい経営陣が、情報面で優位性を利用し、株主に対して十分な情報を提供しないまま株式の買い取りを進めてしまう恐れも否定できません。過去には、不当に低すぎる価格でのMBOが強行され、最終的には訴訟によって買収価格の引き上げが命じられた事例も見受けられます。直近では、中堅印刷会社の広済堂が試みたMBOが、提示された価格の低さから株主の同意を得られず、最終的に成立しなかった経緯があります。
情報格差と利益相反を是正する特別委員会の役割
こうした状況を受け、経済産業省はM&A(合併・買収)の専門家などによる議論を取りまとめ、2019年6月にも、MBOの実務指針を実に12年ぶりに改定する方針を打ち出しました。今回の改定の柱となるのは、会社から完全に独立した立場の「社外取締役」が主導する「特別委員会」の設置です。この特別委員会に、買収価格の算定プロセスなどを厳格に監視させるのが狙いです。
しかし、単に形式的に社外取締役が委員に就任するだけでは、その役割を十分に果たすことは難しいでしょう。特別委員会が真に有効に機能するためには、社外取締役が経営陣と対等、あるいはそれ以上の立場で向き合い、あくまで「株主の利益」を最大化するために行動することが必須条件だと考えられます。もし、提示された買収価格が低すぎると判断した場合には、MBO自体を拒否できるような、強力な権限を特別委員会に持たせるべきです。具体的には、米国のMBOに見られるように、特別委員会が自ら外部のアドバイザーを雇用し、独自の判断で株式の妥当な価格を算定したり、あるいはより高い価格を提示する可能性のある別の買い手を探す「マーケット・チェック」を行ったりすることも、極めて効果的な手段となり得ます。
MBOは、企業にとって非常に有効な経営戦略の一つとなる可能性を秘めています。株式を非公開化することにより、経営陣は日々の株価変動を過度に気にすることなく、大胆な事業再構築や中長期的な視点に立った改革に集中して取り組めるようになります。東京証券取引所が検討を進めている市場区分の見直しをきっかけに、戦略的なMBOによって自主的に上場を廃止する企業がさらに増加する公算も大きいでしょう。SNS上では「経営の自由度が高まるのは理解できるが、株主の権利が不当に侵害されないか不安だ」「価格算定の透明性を確保してほしい」といった、公正なプロセスへの期待と同時に、投資家目線での懸念の声も多く上がっています。
私は、市場の健全性という観点から、このルール整備は絶対に必要だと考えます。もし、経営陣がいつでも自分たちに有利な価格で株を買い取れるような市場環境が続けば、投資家は安心してその企業に投資できなくなります。規律と透明性が確保されたMBOが市場にしっかりと定着することは、ひいては日本株市場全体の信頼性を高めるために、欠かすことのできない大前提だと断言できます。今回の経産省の指針改定が、そのための確かな一歩となることを強く期待いたします。