読書の楽しみは、見知らぬ世界へ私たちを連れ出してくれることにあります。2019年6月13日、梅雨の湿り気を帯びた空気の中で、ひときわ異彩を放つ一冊が話題を呼んでいます。東京創元社から出版された酉島伝法(とりしま・でんぽう)氏の『宿借りの星』です。この作品、冒頭から読者を突き放すような圧倒的な世界観で始まります。
ページを開いた瞬間、見たこともない「造語」の嵐が目に飛び込んでくるのです。通常の日本語とは異なる言葉の羅列に、最初は誰もが面食らうことでしょう。しかし、そこで本を閉じてはいけません。その違和感の向こう側に、異形の生命体たちが蠢(うごめ)く、とてつもない遠い惑星の光景が立ち上がってくるからです。
常識を覆す「異形」の視点と驚愕の展開
物語の主人公であるマガンダラは、四本足で雌雄同体という、私たち人間からすれば奇怪な生物です。この作品が描くグロテスクな世界は、まるで昆虫などの生態系を徹底的にリアルに、そして律儀に捉え直したかのような迫力に満ちています。SNS上でも、「最初の数ページで脳がバグる感覚が癖になる」「生理的な嫌悪感を超えた先に感動がある」といった、困惑と称賛が入り混じった反響が相次いでいるのです。
このド迫力の生態系にようやく目が慣れてきた頃、物語はさらなる衝撃を私たちに与えます。なんと、遥か昔に滅亡したはずの「人類」が、予想もしない形で生き延びていることが判明するのです。そして、マガンダラたち現地の生物にとって致命的ともいえる恐るべき企(たくら)みが、水面下で深く静かに進行している事実に気づかされます。
「異形の視点から人類を見る」というSF(サイエンス・フィクション)ならではの趣向には、さらに驚天動地の仕掛けが用意されています。読み進めるうちに世界の見え方がガラリと変わる、「世界観の転換」を心ゆくまで堪能できるでしょう。私自身、これこそがSFの醍醐味であり、想像力の限界を突破する傑作だと確信しました。価格は3000円と少々張りますが、その価値は十分にあります。
「旅」と「芸術」を巡る、他2冊の注目作
続いてご紹介するのは、宮内悠介氏による『偶然の聖地』(講談社・1650円)です。こちらは伝説の地「イシュクト山」を目指す、一風変わったロードノベルとなっています。ロードノベルとは、旅を通じて主人公の成長や変化を描く物語形式のことですが、本作における「伝説への旅」は一筋縄ではいきません。揺れ動く世界像に翻弄されながら進む、不思議な旅路を満喫できる一冊です。
最後の一冊は、菅浩江氏の『不見の月』(早川書房・1800円)です。舞台設定が非常にユニークで、地球を挟んで月とは正反対の位置にある「博物館苑(えん)惑星」が物語の場となります。そこに保管された数多の芸術品を巡る事件を描いた短編集であり、前作から続く未来志向の芸術論が非常に興味深い内容となっています。
こうして「目利き」が選んだ3冊を並べてみると、今の私たちが求めているのは、現実の閉塞感を打ち破るような「圧倒的な他者性」や「未知の論理」なのかもしれません。特に『宿借りの星』における、人間中心主義を根底から覆すような視座は、現代社会を生きる私たちに鋭い問いを投げかけているように感じます。ぜひこの週末、異世界への扉を開いてみてはいかがでしょうか。