今、タクシー配車サービス業界は、まさに「戦国時代」の様相を呈しています。海外の巨大企業である米国のウーバーテクノロジーズや中国の滴滴出行(ディディチューシン)といった大手企業が、日本の市場へ次々と進出してきているのです。これらの外資系企業は、日本では法的に認められていない、自家用車を使った有料相乗りサービスである「ライドシェア(白タク行為に該当)」は封印しつつも、既存のタクシー配車サービスの対応エリアを急激に広げています。これに対し、ジャパンタクシーのような日本勢は、提携するタクシーの台数の多さを強みとして対抗している状況です。これは、人々の移動のあり方を根本から変える次世代の移動サービス「MaaS(マース:Mobility as a Service)」を実現するために欠かせない機能であるため、どの企業も一歩も引けない激しい競争を繰り広げているといえるでしょう。
たとえば、2019年4月には、ウーバージャパンが第一交通産業などと協力し、広島でのタクシー配車事業で提携することを発表しました。ウーバーのモビリティ事業のジェネラルマネージャーであるトム・ホワイト氏は、この動きを「真のパートナーシップの証、そしてタクシー業界への献身の証」と強調しています。ウーバージャパンは2018年9月に名古屋でサービスを開始して以来、大阪や東北へと展開都市を拡大しており、4月には広島に加えて京都でもタクシー大手のエムケイと手を組み、サービスをスタートさせています。特に、第一交通産業やエムケイといった全国規模のタクシー大手を取り込んだことは、今後の事業展開において非常に大きな意味を持つと考えられます。ホワイト氏が「東京でも事業を展開したい」と、日本の首都への進出に強い意欲を見せていることからも、その本気度が伺えます。
ウーバーと海外市場で双璧をなす中国の滴滴出行も、日本市場での攻勢を強めています。ソフトバンクとの合弁会社であるDiDiモビリティジャパンがその運営を担い、2018年9月の大阪進出を皮切りに、わずか半年間で提携先のタクシー会社を12社から42社へと大幅に増やしました。さらに、2019年4月には東京・京都で、5月には兵庫でサービスを開始し、近いうちに北海道や福岡にも進出する計画です。彼らは2019年度中に合計13都市での事業展開を目指しており、驚異的なスピードで日本の配車アプリ市場を席巻しようとしています。このような巨大な海外勢力の進出は、消費者にとってサービスの選択肢が増えるというメリットをもたらす一方で、国内のタクシー業界にとっては大きな変革を迫るものとなるでしょう。
日本の牙城を守る国内勢の対抗戦略
海外勢の波状攻撃を迎え撃つ日本勢の筆頭は、ジャパンタクシーです。彼らは、グループ会社のタクシー業界最大手である日本交通をはじめとする約900ものタクシー事業者と提携しており、すでに全都道府県での進出を達成しています。この圧倒的な「対応台数の多さ」こそが、ジャパンタクシーの最大の武器といえるでしょう。また、ソニーやディー・エヌ・エー(DeNA)といったIT系企業の積極的な取り組みも、この競争をさらに加熱させています。
ソニーは、大和自動車交通や国際自動車などの都内タクシー大手5社と共同でみんなのタクシーを設立し、2019年4月に配車アプリ「S.RIDE」の提供を開始しました。また、DeNAは神奈川県で展開していた配車アプリ「MOV(モブ)」を2018年12月から都内でも提供し始め、日の丸自動車や東都自動車、第一交通産業などとの連携を進めています。DeNAはさらに、2019年夏には京都や大阪への進出も計画しており、国内市場での存在感を高めようとしています。このように、外資の巨大勢力と、それに対抗する国内勢という構図は今後も続くと見られており、この競争の行方は、最終的に「ユーザー数」と「技術力」という二つの要素が左右することになるでしょう。
ユーザー数とAI技術が競争の明暗を分ける
配車アプリにおけるユーザー数の多さは、どのタクシー事業者がそのアプリを導入するかを判断する上で非常に重要な指標になります。なぜなら、ユーザー数が増えれば利便性が向上し、さらに多くのユーザーを引きつけるという好循環が生まれるからです。この点において、ジャパンタクシーは一歩リードしており、ダウンロード数は700万を超え、対応台数も約7万台と群を抜いた数字を誇っています。一方、海外勢は国内での対応台数は公表していませんが、DiDiは中国に約5億5千万人、ウーバーも全世界で9千万人のユーザーを抱えており、特に日本を訪れる外国人観光客(インバウンド)にとっては、その高い認知度で大きな優位性を持っているのです。
たとえば、京都では2019年4月から5月の10連休中にDiDiを利用したユーザーのうち、中国人の比率が約4割に達しました。これは、中国人旅行者にとってDiDiの導入がタクシー利用への大きな後押しになっていることを示しています。タクシー事業者が年間延べ利用者数をこの25年間で半減させている現状を鑑みると、外国人観光客の取り込みは喫緊の課題であり、海外利用者の多さをアピールして参画事業者を増やすことができれば、結果的に日本国内の利用者も獲得しやすくなるという戦略が成り立つのです。第一交通産業の田中亮一郎社長がウーバーとの提携発表時に「(訪日客にとって)もっとタクシーが乗りやすいものになると期待している」と述べているように、インバウンド対応は事業拡大の鍵を握っているといえるでしょう。
また、競争力を左右するもう一つの重要な要素が「技術力」です。DiDiモビリティジャパンの菅野圭吾副社長は、「エンジニア力が大きな違いを生んでいる」と指摘しています。AI(人工知能)先進国である中国の巨大なエンジニア集団が、DiDiの競争力の根幹を支えているのです。DiDiの強みは、その配車時間の短さにあります。AIを駆使することで、タクシーと利用者を極めて効率的にマッチングさせることが可能になり、利用者が配車を依頼してからおおむね5分以内でタクシーが到着するというのです。この高い効率性はタクシー事業者側にもメリットをもたらし、たとえば大阪のあるタクシー会社では、DiDiの導入後に同じ走行距離で実車率が5%、営業収入が10%も増加したという具体的な成果が出ています。今後は、AIを活用した需要地の予測や、車庫に戻るルート上での注文だけを受注できるシステムなども提供し、さらなる効率化を目指しています。
このように、配車アプリを巡る競争は、単なる台数やエリアの拡大競争に留まらず、ユーザーの利便性向上を軸としたテクノロジーの戦いへと進化しています。DiDiモビリティジャパンの菅野副社長が語るように、「今後異業種を含め合従連衡(がっしょうれんこう:企業などが目的達成のために協力し合うこと)が進んでいくのは確実」であり、各社は利用者、タクシー事業者、そしてMaaSのプラットフォーマーという三者を見据えた事業展開が求められているのです。この激しい競争を通じて、日本の交通インフラがどのように進化していくのか、注目が集まっています。