現在、株主総会のシーズンを迎え、企業の社外取締役を巡る議論が一段と熱を帯びています。社外取締役とは、文字通り社外の第三者的な視点から企業経営をチェックし、監視する役割を担う役員のことです。これは企業統治(コーポレートガバナンス)――企業を公正かつ効率的に運営するための仕組み――を機能させるうえで、欠かせない存在と言えるでしょう。しかし、現実には企業で不祥事が相次ぐ中で、社外取締役に「悪い情報」が届かず、本来期待されるはずのチェック機能が働いていなかった事例が後を絶たないのが実情です。
特に注目すべきは、情報を知り得たかどうかで役員の責任の重さが変わるという、日本独自の法的な背景があることです。不祥事を起こしたスルガ銀行の不正融資問題を調査した第三者委員会の報告書が公表されて以降、この問題に関する企業からの相談が急増しているそうです。報告書では、スルガ銀行の社外役員たちが、問題となった事実を「知り、または知り得た証拠もなかった」として、会社に対する善管注意義務違反(役員として一般的に期待される注意を払う義務)などの法的責任は問われないと判断されました。
この事例が示すのは、「知らないことには責任を負えない」という日本の社外取締役の原則です。当時のスルガ銀行では、当局への通報や悪評が広がる時期でさえ、内部監査やコンプライアンス(法令遵守)部門が機能しておらず、取締役会(経営の重要事項を決定する会議)に悪い情報が届く仕組みがありませんでした。中央大学法科大学院の大杉謙一教授が指摘するように、日本では不正防止の主たる役割は内部監査部門にあり、社外取締役の不正防止機能は「副次的」と位置付けられています。会社法や各種指針においても、社外取締役が独自に情報収集する仕組みの構築が明確に義務付けられているわけではありません。
情報格差と「お飾り」からの脱却
その結果、東証一部上場企業の約9割が複数の社外取締役を置く体制になっても、東芝の不正会計や製造業の品質不正など、相次ぐ大企業の不祥事のたびに「社外取締役は機能不全だったのではないか」との批判が繰り返されてきました。社内から都合の悪い情報が伝わりにくく、経営のチェックに必要な有用な情報が手に入らないことが、その最大の原因であったと言えるでしょう。これでは、社外取締役が「お飾り」で終わってしまうのも無理はありません。
スルガ銀行の報告書は「社内からの報告ルート以外でも情報が伝わるようにすべきだ」と強く促しました。しかし、日本の裁判例では「役員が悪い情報を知り得た場合、責任を認める傾向が強い」(中村直人弁護士)という現実があります。これは「知ろうと誠実に努力する社外取締役ほど、有事の際に窮地に陥りかねない」という、極めて不健全な状況を生み出しているのです。「何もしないほうが安全」という状況は、企業経営全体にとって決して健全な姿ではありません、と国広正弁護士も警鐘を鳴らしています。
SNSでも、この問題に対する反響は非常に大きく、「知らぬが仏では意味がない」「役員としてのインセンティブ(動機付け)設計が間違っている」「積極的に情報を取りに行かないと、企業価値は守れない」といった声が多数見受けられます。多くの読者は、高い見識や豊富な経験を活かした助言を期待されている社外取締役が、自ら動かない状況を是としていません。私も、社外取締役には、報酬に見合った積極的な関与と、企業価値向上へのコミットメントが求められると考えます。
求められる「能動的」な情報収集と企業側の工夫
こうした課題に対し、社外取締役自身と企業側の双方で、状況を打開するための工夫が求められています。中村弁護士は、重要な会議への参加や議事録の閲覧権、さらには監督官庁や業界団体などへの苦情情報を社外取締役が直接確認できる仕組みの整備を提言しています。東京証券取引所の企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)でも、情報提供の必要性は以前から指摘されてきました。
実際、多くの企業では、取締役会前の事前説明の強化や、工場見学、そして経営陣を交えない社外役員だけの意見交換会などを積極的に実施する動きが広がっているようです。しかし、国広弁護士が「悪い情報が入るかは致命的に重要」と述べるように、踏み込んだ情報共有が不可欠です。三菱商事やLINEの社外役員を務める国広氏自身も、「普段から自分で情報を得られるように動く存在でなければ、いざというときに頼りにされるわけがない」と、社外取締役の能動的な姿勢の重要性を強調しています。
また、双日などで社外取締役を務めた大塚紀男・日本精工元社長は、「経営陣などを入れずに50代の部長クラスと飲み会を開き、生の声を聞く」という独自の工夫を実践されています。社外取締役は、会社の内部事情に詳しいわけではないからこそ、単独での不祥事発見は難しく、監査部門との密な連携も欠かせないポイントだと指摘しています。
現在、国内外の機関投資家(年金基金や保険会社など、多額の資金を運用するプロの投資家)は、企業の社外取締役の人数や、取締役会全体に占める「3分の1以上」といった構成比を厳しく吟味するようになってきました。これは、社外取締役による監視機能の強化を、企業価値の向上に直結させるように企業トップに迫る圧力となっています。そもそも、国広氏の言うように「知ることのリスクに尻込みする人物」は、社外取締役にはふさわしくありません。企業側は、2019年6月14日のこの記事が制作された時点における状況を踏まえ、悪い情報を含めて必要な情報を社外取締役に提供し、適切な判断が得られる仕組みづくりに、真剣に取り組んでいくことが求められるでしょう。