2018年6月15日の住宅宿泊事業法(民泊新法)施行から約1年が経過しました。この新法によって、個人が所有する住宅などを宿泊施設として提供しやすくなりましたが、全国屈指の別荘地として知られる長野県軽井沢町では、その活用を巡って大きな議論が巻き起こっています。軽井沢町は、県内でも民泊施設数と民泊利用者数が共にトップという活況を呈している一方で、「別荘地の静穏な環境を維持する」という強い方針から、藤巻進町長は民泊を実施しないよう求める姿勢を一切変えていない状況です。
軽井沢町の強硬な姿勢とは裏腹に、稼働率が低い別荘を有効活用すべきだという意見も多く、町の思惑に反して民泊の運営や利用は今後も活発化すると見られています。特に、民泊の仲介で世界最大手の米エアビーアンドビー(Airbnb)のサイトでは、軽井沢町内の施設オーナーが優良な貸し手を示す「スーパーホスト」になるなど、その需要の高さがうかがえます。
別荘の老朽化を防ぎ、資産価値の維持を目指す取り組みも民泊の活況を後押ししています。別荘管理会社の軽井沢コンシェルでは、2018年9月から住宅宿泊管理業者として登録し、運営支援事業を開始しました。宿泊客への案内や鍵の受け渡し、清掃などの業務を代行することで、空き家による建物の劣化を防ぐと同時に、騒音禁止といった注意事項を書面で徹底するなど、地域環境への配慮も行っているのです。
軽井沢で民泊需要が旺盛な背景には、高い観光ブランド力に加え、利用されていない別荘が多数存在するという事情があります。軽井沢コンシェルの野中邦朗社長は、「20代から50代くらいの働き盛り世代が別荘を買わなくなった」と指摘しています。別荘の所有者の高齢化が進み、維持管理の負担が大きいことから、相続時に売却するケースが目立つ中、民泊は別荘に付加価値を付け、資産価値の低下を防ぐ有効な手段として期待されているのです。また、若年層に民泊を通じて別荘の魅力を体験してもらい、将来的な購入層を育てる狙いもあるといえるでしょう。
軽井沢を覆う「静穏維持」と「経済効果」のジレンマ
しかしながら、軽井沢町の姿勢は非常に厳格です。長野県は、観光最盛期である5月および7月から9月までの期間、軽井沢町での民泊を交通渋滞対策を理由に全面禁止としています。さらに、それ以外の時期でも町内のおよそ9割の地域で、家主が施設に滞在しない家主不在型民泊は、土日・祝日のみしか認めていません。町長は「別荘を貸して騒がれる危険性は十分あり、そうなれば別荘地としての環境が崩れる」という懸念から、町としての要請に強制力はないものの、強い規制姿勢を崩さないのです。これは、民泊と競合する既存の宿泊施設への配慮も影響していると考えられます。
私も含めた多くの人々は、この状況をジレンマとして捉えています。もちろん、静穏な住環境を守ることは重要ですが、過度な規制は地域経済の活力を奪うことにもつながりかねません。星野リゾートの星野佳路代表も、「民泊は世界のスタンダードなサービスであり、民泊がない地域は競争力を落とす」と警鐘を鳴らし、稼働率の低い別荘が多い軽井沢こそ民泊が重要だと強調しています。
軽井沢コンシェルの野中社長は、別荘地の環境維持にとって最も懸念されるのは資産価値の低下であると指摘し、民泊を活用することで別荘価格の下落を防ぐ考えを示しています。また、規制を課すのであれば、「町は5年後、10年後の別荘地のビジョンを示してほしい」と、町に対して具体的な指針を求めている状況です。このような業界からの異論は、軽井沢町の観光戦略を見直すきっかけとなるべきでしょう。
長野県では、軽井沢町を含む72市町村で地域の実情に合わせた規制を導入しています。例えば、スノーリゾートとして有名な野沢温泉村では、交通渋滞対策として12月から翌年3月にかけて、スキー場周辺で家主不在型民泊が禁じられています。しかし、ここでも民泊施設は着実に増加しており、利用者数は県内で5番目の多さです。佐藤舞さん(36)が運営する民泊施設では、利用者の9割が外国人で、「子供たちと英語で交流することもある」といった国際交流の機会も生まれており、SNSでも外国人観光客との温かい交流の様子が話題になるなど、ポジティブな反響が寄せられています。
このように厳しい規制が課されていても、需要がある限り民泊は今後も拡大していくでしょう。地域の住民生活環境を守りながら、いかに民泊需要を適切に取り込み、地域活性化に繋げられるかが、行政と民間に突き付けられた、民泊新法施行2年目以降の重要な課題であるといえます。国内外からの高まる観光需要を取りこぼさないよう、地域に合ったバランスの取れた制度設計が求められるでしょう。