自動車業界の盟主であるトヨタ自動車の豊田章男社長が、2019年6月13日に開催された定時株主総会をもって、在任10年という大きな節目を迎え、そのリーダーシップは11年目に突入しました。総会の冒頭で、豊田社長は売上高30兆円という偉業の達成に触れ、「関係する人々の(創業からの)80年の努力が実を結んだ」と、これまでの歩みに対する深い感謝を表明しています。初の営業赤字や大規模リコールといった危機的状況から、業界全体を揺るがす大変革期を主導する現在まで、豊田社長の10年はまさに波乱万丈であったと言えるでしょう。
2009年、リーマン・ショックによる大幅な営業赤字という厳しい状況のなか、創業家出身者としての求心力を期待され、社長に就任されました。就任直後からの3年間は、「大変つらい時期」でありながらも、米国での大規模なリコール・品質問題、東日本大震災、タイ洪水からの生産復旧など、次々と直面する危機への対応に追われました。しかし、豊田社長は2019年5月8日の決算会見で、「多くの危機に直面し、会社としての一体感や求心力が高まった時期だった」と振り返り、「経営環境が悪化したときほど年輪を刻むように着実に成長し続ける会社にならなければならないと脳裏に刻み込んだ」と、この間に培われた強い信念を語っています。
続く2013年3月期からの3年間は、「意思ある踊り場」と銘打ち、あえて新工場建設を凍結するなど拡大路線をストップし、競争力の高い生産現場の構築に集中する期間とされました。これは、地に足の着いた企業体質を目指すための挑戦でしたが、豊田社長自身は「想定通りの効果は得られなかった。平時での改革の難しさを痛感した」と自己評価されています。この率直な言葉からは、トヨタが誇るべき企業文化の「原点回帰」を目指すなかでの、もがきや試行錯誤が垣間見えます。経営者は理想と現実のギャップに直面するものですが、こうした自己反省こそが、さらなる変革へのエネルギーとなるのでしょう。
そして直近の4年間は、「トヨタらしさを取り戻すこと」と「未来に向けてトヨタをモデルチェンジすること」という二つの大きな課題に同時に取り組まれた期間です。特に、自動車業界に押し寄せている「CASE(ケース)」と呼ばれる大変革の波は、トヨタのビジネスモデルそのものに変化を迫っています。CASEとは、Connected(コネクテッド、つながる車)、Autonomous(オートノマス、自動運転)、Shared(シェアード、共有)、Electric(エレクトリック、電動化)の頭文字を取った造語で、これまでの「車を作る」という概念を根底から覆す破壊的な技術革新群を指します。
この大波を受け、豊田社長は2018年1月、米ラスベガスでの展示会において「モビリティー・カンパニーへと変革することを決意した」と宣言されました。これは、単に車を製造するメーカーから、移動に関わる付加価値の高いサービスを総合的に提供する企業へと、自らの存在意義を変えるという強い意志の表明に他なりません。「CASEで車の概念が変わればビジネスモデルも変えていかなくてはならない」と豊田社長が述べているように、この変革は避けて通れない道なのです。
この「モビリティー・カンパニー」への変革を現実のものとするため、米ウーバーテクノロジーズやソフトバンクグループ、パナソニックなど、異業種との連携を加速度的に進めています。また、グループ内では、それぞれの強みを持つ企業に事業を集約する「ホーム&アウェイ」という考え方で再編を推進中です。他社との連携、すなわちアライアンスにおいても、豊田社長は「資本の論理ではない。困りごとを一緒に解決する仲間づくりの視点が重要だ」と強調されています。マツダやスズキなど同業他社との連携でも資本を前面に出さないスタンスは、「徐々に関係を深め、一緒になにかやっていくうえで必要が出てくれば資本を考える」という関係者の解説からも、トヨタ独自の共存共栄を目指す姿勢が読み取れます。
この「規模拡大を追わない」というトヨタの姿勢は、結果的に堅実な成長を呼び込みました。かつて規模拡大や販売台数増を志向した独フォルクスワーゲン(VW)が排ガス不正問題で揺れ、日産自動車・仏ルノー・三菱自動車の連合も、カルロス・ゴーン日産元会長の退場でガバナンス問題に直面していることと比べると、トヨタの戦略の堅実さが際立ちます。規模拡大を前面には出されませんでしたが、結果として売上高は約10兆円増え、グループの世界販売台数も3割増の1000万台強へと成長を遂げているのは、目先の数字ではなく、創業の原点である「もっと良いものを」追い求める「トヨタらしさ」に磨きをかけてきた成果だと言えるでしょう。
危機感を共有し、風土改革を「やりきる」社長の強い決意
2019年6月13日の株主総会では、株主から改革の進捗状況を問われる場面がありました。豊田社長は「フルモデルチェンジは続けていく」と述べつつも、最も重要視しているのは、「トヨタらしさを取り戻し、『トヨタは大丈夫』という慢心を取り除く風土改革はやり切りたい」という点だと強調されました。危機感の全社的な共有にはまだ至っておらず、もどかしさも感じていらっしゃるようですが、その強い決意は会場に集まった株主にも伝わったことでしょう。
この「トヨタらしさ」とは、創業の原点に立ち戻り、常に「もっと良いものを」追求する飽くなき姿勢に他なりません。具体的には、お家芸である**トヨタ生産方式(TPS)**と徹底した原価低減を含む、現場の力を最大限に引き出す文化を意味しています。トヨタは、役員の報酬一律10%削減や管理職以上の夏期賞与減額といった「ショック療法」も使いながら、全社的な危機意識の共有を図っています。在任11年目に入った豊田社長の道半ばの改革は、過去最高となる5546人の出席株主を集めたことからも分かるように、非常に高い関心を集めているのです。自動車産業が100年に一度の大変革期を迎える今、トヨタが伝統と革新を両立させ、どのように「モビリティー・カンパニー」へと変貌を遂げるのか、その挑戦から私たちは目を離すことができないでしょう。