2018年6月15日に施行された「住宅宿泊事業法」、通称「民泊新法」は、合法的な民泊運営を全国に広めることを目指して導入されました。しかし、2019年6月15日の施行からちょうど1年が経過した今、この新しい制度には多くの事業者が厳しさを感じ、その運営方法を改めて見直す動きが目立っているようです。政府は2030年までに年間6,000万人の訪日外国人客を受け入れる「観光立国」の実現を掲げており、宿泊施設の確保は喫緊の課題といえます。それにもかかわらず、新法の下での届け出件数は約1万7,000件に留まり、仲介大手である米エアビーアンドビーの登録数も、法施行前の約8割の水準に減少しているという現状が明らかになりました。
この新法は、これまで野放しになっていた「ヤミ民泊」、つまり無届けで営業する違法な民泊施設をほぼ排除することに成功しました。これは住民の安心・安全を確保する上で非常に大きな成果です。その一方で、新規参入の勢いが鈍化していることも事実であり、中には事業の縮小を余儀なくされたケースも見受けられます。たとえば、徳島県で5件の民泊施設を運営していた個人事業主の木内健介氏は、新法施行に際し、必要な「マンションオーナーの許可」を得られず、所有物件のうち3件を閉鎖せざるを得ませんでした。このように、制度自体の制約の厳しさが事業者を悩ませている要因の一つとなっているのでしょう。
多くの事業者が口を揃えて指摘するのが、「新法民泊では収益が上がらず、食べていけない」という点です。その最大の理由として挙げられるのが、営業日数が年間180日以内に制限されていることです。この上限規制がネックとなり、民泊事業への参入障壁が高くなっているのです。そのため、同じ民泊事業でありながら、営業日数に上限のない旅館業法に基づく「簡易宿所」への転換、あるいは、特定の地域で認められている国家戦略特区の「特区民泊」での運営を選択する事業者が後を絶たない状況になっています。特区民泊は、最低宿泊日数が2泊3日と定められているものの、営業日数に上限がないことが大きな魅力となっており、認定件数は7,864件のうち、その9割が大阪市に集中しているという実態があります。
実際に、福岡市で民泊を経営する弁護士の堀鉄平氏も、2019年7月には営業日数に制限のない旅館業へと切り替える予定だと述べています。民泊の届け出手続きを支援するジーテックの黒沢怜央社長は、この新法民泊から他の制度へ移行する動きは、今後さらに加速すると予測しています。この背景には、2019年6月25日に施行される改正建築基準法によって、延べ床面積が200平方メートル以下の簡易宿所について、用途変更の確認申請が不要になるという規制緩和があるためです。このような動きは、新法民泊の「180日ルール」の厳しさが、都市部での事業運営に特に大きな影響を与えていることを示唆しています。特に賃料や土地代の高い東京や大阪といった大都市圏では、この日数制限の下での利益確保は非常に難しいとの指摘も聞かれます。
さらに、各地方自治体が独自に定める「上乗せルール」も、事業者の民泊離れを加速させている一因と考えられます。観光庁によれば、国のシステムでオンライン届け出が可能なにもかかわらず、書面での提出や、物件周辺地図など多くの添付書類を要求するといった事例も見受けられるようです。その典型的な例が東京都千代田区で、同区では、23区内で最も新法民泊の届け出件数が少なくなっています。その理由は「区の条例で、施設に家主の常駐、もしくはそれに代わる管理者の常駐を求めている」ためとされています。千代田区の担当者は、施行後1年間で苦情がわずか2件にとどまっていることを背景に、「住民の安心・安全を守ることが最優先」として、規制を緩める意向は全くないと明言しています。このような過度な地域規制は、国が推進したいシェアリングエコノミーの経済効果と、地域住民の生活環境を守りたいという自治体の意向との間に、大きな隔たりがあることを浮き彫りにしているのではないでしょうか。
2019年6月7日までに、新法民泊の事業廃止件数は982件に上りました。観光庁の調査では、そのうちの37.6%が「特区民泊もしくは旅館業に転換」していると報告されており、これは事実上、多くの事業者が民泊事業を継続していることを意味します。このデータは、民泊をやりたいという需要があるにもかかわらず、現行の新法の下では、それが極めて困難な状況にあるという矛盾を示しているでしょう。立教大学観光学部の東徹教授が指摘するように、国と自治体の間の食い違いを埋めるためには、地域住民の理解を得た上で、町ぐるみで訪日客を受け入れるなど、新たな工夫を凝らし、厳しすぎる規制を緩和していく余地があるように考えられます。多くの人々が望む民泊事業が、より柔軟に、そして安心して営める制度設計への見直しが求められている時ではないでしょうか。