【SNSで反響】現代短歌の「今」を映す!穂村弘が選んだ珠玉の歌に見る人生の深淵

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2019年6月15日の「歌壇」では、現代短歌を牽引する一人、穂村弘氏が選んだ短歌が大きな話題となりました。短歌という定型詩は、たった三十一文字(みそひともじ)の中に、詠み手の感情や情景、そして人生の哲学を凝縮して表現する文芸形式です。穂村氏の選評は、それぞれの歌の魅力を深く掘り下げており、読者を短歌の世界へと誘う力に満ちています。今回は、その中から特に注目された短歌をピックアップし、現代を生きる私たちが共感できるその「核心」に迫っていきましょう。

特にSNS上で大きな反響を呼んだのが、つくば市の潮田清氏による「ねむたくて我慢できないうちが花ねむって出られぬ骨壺の中よ」という作品です。この歌は、日常生活で誰もが経験する「眠気」というささやかな状態から、一気に「死」という普遍的なテーマへと展開する壮大な対比が魅力です。穂村氏は、この上句から下句へのリズム感と、口ずさみたくなるような愛誦性を高く評価されています。生と死の対比を、ユーモラスかつ切実に描き出している点が、多くの読者の心に響いたのでしょう。「わかる」「ぞっとした」といった感想とともに、この短い言葉の連なりが持つインパクトに驚く声が多く見受けられました。

また、つくば市の岩瀬悦子氏の「見渡せばガラスの小部屋に入る夫全身煙に包まれたくて」という歌も、その表現の秀逸さから注目されました。この「ガラスの小部屋」とは、現代社会においてしばしば見かける「喫煙室」を指していると考えられます。しかし、穂村氏が指摘するように、詠み手はあえて「煙草」や「喫煙室」といった具体的な言葉を使っていません。この表現によって、夫が単に煙草を吸っているという日常の風景ではなく、「全身煙に包まれたい」という、どこか非日常的で個人的な願望が浮かび上がってくるのです。私たち編集者としても、この意図的な曖昧さが、読み手の想像力を掻き立てる現代短歌の醍醐味であると考えます。

さらに、名古屋市の古瀬葉月氏による「君となら老いてゆきたいけれどまだ奨学金のことは言えない」という一首は、現代の若者が抱えるリアルな葛藤をストレートに表現しており、共感を呼びました。ロマンチックな未来を夢見る「老いてゆきたい」という純粋な思いと、現実的な経済的課題である「奨学金」という言葉が結びつくことで、現代の恋愛が持つ複雑さが際立っています。穂村氏も、不意に現れるこの「奨学金」の一語にハッとさせられると選評で触れています。これは、恋愛や結婚といった人生の大きなイベントに際しても、経済的な不安や将来への懸念が影を落とす現代社会の縮図を描いていると言えるでしょう。

👀日常に潜む「名前」と「無名」の哲学

短歌はしばしば、何気ない日常の中に潜む哲学的要素を浮き彫りにします。インドの須田覚氏の「「カマドウマ」名前があれば怖くない名前を知らぬ虫に囲まれ」という歌は、その良い例でしょう。この歌は、「カマドウマ」という具体的な名前を知っている虫に対しては恐怖心が和らぐのに対し、名前を知らない無数の虫に対しては底知れぬ恐怖を感じるという、人間の心理を巧みに表現しています。穂村氏も、世界とは私たちが与える「名前」の体系なのではないか、という示唆に富んだコメントを寄せています。「カマドウマ」とは、昆虫綱バッタ目カマドウマ科に属する虫の総称で、跳躍力が高いのが特徴です。この歌は、未知のものへの不安と、知識によって不安を克服しようとする人間の根源的な姿勢を映し出しています。

大和市の木村一雄氏の作品「引きこもりではない象は扉より大きくなって出られないのだ」も、物語性のある発想の面白さが光ります。この歌は、「ひきこもり」という言葉が持つ社会的なイメージを逆手に取り、物理的に「出られない」状況を描くことで、既存の概念を揺さぶります。扉よりも大きくなってしまった象のように、成長や変化が、かえって自由を制限してしまう皮肉な状況を描いていると解釈できます。私たち読者は、このユーモラスなイメージを通して、現代社会の抱える様々な制約や、成長というものの複雑さを考えさせられるのです。

また、四日市市の宮川潤氏の「今度こそメロンパンをこぼさずに食べてみようさあ夏が来る」という歌や、守口市の小杉なんぎん氏の「世の中に無数の赤があるけれど今日はトマトの赤を見つめる」といった歌は、日常のささやかな出来事や色彩に焦点を当てています。前者は、メロンパンを食べるという小さな挑戦と「夏」という大きな季節の到来を結びつけ、後者は、無数にある色の中から「トマトの赤」という特定の赤を見つめることで、日常の瞬間を切り取り、詠み手の集中力を表現しているのです。短歌の魅力とは、このような一瞬の光景を、永遠に残る言葉に結晶化させる力にあると言えるでしょう。

この日の歌壇は、私たちの日常の背後にある哲学、社会的な課題、そして心の奥底にある願望を、三十一文字という短い枠の中で見事に表現してみせています。短歌は、時代を超えて読み継がれる普遍性とともに、その時々の社会の空気を反映する鏡のような存在です。穂村弘氏の選び抜いたこれらの作品群は、まさに現代という時代を生きる私たちの心に強く語りかけてくる珠玉の言葉たちと言えるでしょう。

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