「高齢者」という言葉から、私たちはどのようなイメージを思い浮かべるでしょうか。多くの人が持つイメージは、実は現代社会の仕組みと意識に深く浸透した「間違った先入観」である――。2019年6月15日に紹介された書籍『THE LONGEVITY ECONOMY(長寿経済)』の著者、ジョセフ・F・カフリン氏は、この認識を起点として、私たちが持つ高齢者に対する固定観念に鋭く切り込んでいます。読者の皆様の頭の中にある「高齢者像」が、この一冊で大きく塗り替えられるかもしれません。
本書が指摘するのは、「貧しくて、欲が深く、何もできない」といった、否定的な側面ばかりが強調される高齢者像です。社会は、年配者を「仕事から引退し、ただ死に備えるしかない」存在として捉えてしまいがちです。その結果として、市場に出回る商品やサービスも、生命の維持や、安全・安心といった面にばかり重点が置かれてしまう傾向にあります。しかし、高齢者自身が新たな価値を生み出し、人生を心から楽しむための発想に基づいたものが極めて少ないのが現状だと言えるでしょう。
カフリン氏は、「古い幸福な高齢者像に囚われた企業は、時代に取り残されてしまう」と警鐘を鳴らしますが、この言葉の裏側には、大きなビジネスチャンスが潜んでいると解釈できます。一方で、世界の革新を牽引するシリコンバレーでさえ、その価値観は**「若い男性」を中心として構築されています。彼らは、実際の高齢者について深く知る経験や、想像力を欠いている可能性が高いのです。「高齢者」と一括りにしてしまう考え方こそが、実は古びてしまっており、イノベーション(技術革新や新機軸)とは真逆の発想になってしまっているのかもしれません。
そこで著者が特に重要だと強調するのが、女性の発想と活躍です。女性は、購買活動の64パーセントを決定している消費の主要な担い手であり、さらに介護などに携わる比率も圧倒的に高いため、高齢者の実態を最もよく理解しています。そもそも、現代社会において生き残っている高齢者の多数派は女性なのですから、彼女たちの視点を活かすことは理にかなっているでしょう。
本書に登場するエピソードは、まるで快活な小説を読んでいるかのように楽しく、読者を惹きつけます。例えば、肌色の補聴器があまり売れない理由について、「メガネが補聴器のような肌色のプラスチック製だったら売れるだろうか?」というユーモラスな問いかけは、思わず笑ってしまうほどテンポが良いジョークです。また、加齢とともに世界が狭く感じられる現象や、ポジティブな情報に気持ちを向けやすい傾向など、老年学(人間の加齢に伴う様々な変化を研究する学問)の新しい知見に触れられる点も非常に新鮮です。読者は、自分の持つ偏見を試すテストのリンクなども楽しみながら、新しい知識を得られる構成になっています。
年功序列の慣習が根強く、お年寄りが大切にされてきた日本とは異なり、カフリン氏が拠点とする米国では、高齢者が従来の社会の見方に正面から異議を唱えなければ**、自らの居場所を見つけるのが難しいのかもしれません。世界で加速する高齢化という現状を、これまでの固定観念ではない、新しいコンセプトで捉え直す発想が米国から生まれていることには、なるほどと頷けます。
この新しい視点を、日本でも他国に先駆けて活用することができれば、市場開拓の大きな可能性が拓けるでしょう。日本の皆様は、世界でも有数の超高齢化社会を生きる者として、この「長寿経済」の概念を深く理解し、社会の仕組みやビジネスのあり方を刷新していくべきだと、私は強く考えます。新しい発想や、今後の市場のヒントを求めるすべての人々にとって、この書籍はまさにうってつけの一冊になるに違いありません。
(評:早稲田大学教授 川本 裕子。著者は米マサチューセッツ工科大エイジラボ所長で、人口動態の変化などを専門としています。)