日本の女性誌から読み解く!明治から現代へ続くファッションとライフスタイルの劇的な変遷とは

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日本の女性雑誌は、現代において写真やイラストを多用したビジュアル性の高いファッション誌が主流ですが、その成り立ちは必ずしも服飾中心ではありませんでした。社会学者の坂本佳鶴恵氏による著書『女性雑誌とファッションの歴史社会学』では、明治時代から現代に至るまでの女性誌を丹念に分析し、その変遷を通して日本の女性の意識やライフスタイルがどのように変化してきたのかを考察しています。この書籍は、単なる雑誌の歴史にとどまらず、日本の近代社会の歩みと女性の役割の変化を映し出す貴重な資料となるでしょう。

女性誌が一般大衆に広く普及し始めたのは、明治時代の終わり頃とされています。この時期に創刊された雑誌の主な目的は、女性の教養を高めること、すなわち「啓蒙」にありました。誌面では、欧米諸国の進んだ育児方法や家政の知識、合理的な家計簿の付け方など、生活に役立つ提案が多く取り上げられていたようです。一方で、女性自身が主体となり、女性の権利を力強く主張する「青鞜」のような雑誌も登場し、女性誌の多様性が既に芽生えていたことがわかります。

また、女性誌は、当時男性に比べて進んでいなかった和服から洋服への転換期を促す重要な役割も果たしました。大正時代に入り、職業婦人が社会に進出する数が増加すると、女性誌は、髪を短くする断髪や洋装、そして洋風の化粧といった新しい流行を積極的に後押ししました。さらに戦後の混乱期を経て、雑誌には「良き母」や「良き主婦」の手本として、皇室の女性方の写真が数多く掲載されるようになり、家庭像の形成にも影響を与えていった様子がうかがえます。

戦後の洋裁ブームにおいては、女性誌は洋裁に関する特集や型紙の付録に力を入れ、読者の生活に密着した実用的な情報を提供していました。しかし、その流れが大きく変わるのが1970年代です。それまでの「読む雑誌」から「見る雑誌」へと雑誌の性格が劇的に変化したのです。「an・an」や「non・no」といった、カラー写真をふんだんに使い、ビジュアル表現を重視した雑誌が次々と創刊されました。これにより、記事の主題は、実用的な生活情報からファッションや消費といった要素へと大きくシフトし、女性たちの関心の変化を鮮明に映し出す媒体へと変貌を遂げていったのです。

こうした新しいタイプの女性誌は、「女の子」という独自の文化を生み出す原動力となりました。この文化の一部である「かわいい」という概念は、その後、国境を越えて世界的な注目を集めるようになります。女性誌の歴史を振り返ると、日本の女性たちの意識やライフスタイルの移り変わりを的確に捉え、時にはその変化を先導し、時には読者と歩調を合わせながら発展してきたことが理解できるでしょう。坂本氏の著作(新曜社・3900円)は、2019年6月15日の発行記事の時点で、これらの歴史を深く掘り下げた一冊として注目されています。SNSでは、「ファッション史だけでなく女性の社会進出の歴史としても読み応えがある」「昔の雑誌の役割が現代とは違っていて興味深い」といった好意的な感想が寄せられており、多角的な視点から女性誌の歴史的意義を再認識する声が高まっているようです。女性誌は、時代の鏡であり、女性のエンパワーメントの道筋を辿る重要な手掛かりを提供していると、私は考えます。

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