2018年6月15日に住宅の空き部屋などを活用して旅行者を有料で宿泊させる「民泊」が、日本で本格的に解禁されてからちょうど1年が経過しました。インバウンド(訪日外国人観光客)の増加を背景に、宿泊の選択肢を広げるものとして大きな期待が寄せられていましたが、ここ北陸地方では、物件の届け出件数が伸び悩み、観光需要を十分に掴みきれていない状況が見られます。
国土交通省のデータによると、2019年6月7日時点の北陸3県での民泊届け出住宅数は、最も多い石川県でもわずか56件にとどまっています。これは、外国人観光客が集中し、届け出件数が約5,500件に上る東京都や約2,500件の大阪府と比較するまでもありません。さらに、近隣の岐阜県が102件、新潟県が89件であることを鑑みても、北陸エリアの民泊普及はかなり低調だと言えるでしょう。石川県全体の2018年度の宿泊者数は3,555人という結果になっており、潜在的なニーズに対して、供給側の成長が追いついていない現実が浮かび上がっています。
規制の壁とホテル競争の激化
民泊の広がりを阻む大きな要因の一つとして、自治体による独自の追加規制が挙げられます。特に北陸最大の観光都市である石川県金沢市には、3県で最多の41件の民泊住宅がありますが、生活環境の保全を優先する観点から、国が定める年間営業日数上限180日よりも遥かに厳しい60日程度に制限しているのです。これは、主に住宅専用地域でのルールであり、住居者にとっては安心感につながりますが、民泊事業者にとっては収益確保の大きな足かせとなるでしょう。また、地区単位でさらに独自の規制を加える動きも見られており、事業者が民泊経営に踏み出しにくい背景を作り出しています。
さらに、既存の宿泊施設との激しい競争も、民泊普及の大きな壁となっています。北陸新幹線が金沢まで開業した2015年3月以降、金沢市内のホテルの客室数は約1,000室も増加し、供給過多の状況になりつつあります。この競争激化の影響で、宿泊料金が5,000円程度と安価なビジネスホテルが増加しており、旅行者にとっては、より手軽で設備の整ったホテルを選ぶという選択肢が広がり、「安く泊まれる」という民泊の優位性が薄れつつあるのです。富山駅前を中心にホテル開発が活発な富山市でも、同様の構図が見受けられます。
全国最下位の福井県に見る課題と事業者の新たな選択
北陸三県の中でも、福井県の状況は特に深刻です。届け出住宅数は全国で最下位の8件にとどまり、2018年度の宿泊者数も439人に過ぎません。福井県観光誘客課も「県独自の規制条例もないため理由は分からない」と困惑している様子ですが、根本的な原因として、県内の宿泊施設の稼働率が2018年の全国平均61.1%を10ポイント以上下回る低さであることが挙げられます。これは、そもそも「宿泊で稼げる」という意識が希薄であること、そして、国内外の観光客に対する知名度不足が根底にあると考えられます。
こうした厳しい経営環境を背景に、民泊事業から撤退し、別の宿泊形態に切り替える動きも顕著になってきました。例えば、2019年3月から福井県小浜市で家主滞在型の民泊を運営していた佐久間一己さんは、「満室になる日もあり、年間180日の営業期間では収益に限界を感じた。民泊以外の安価な宿への需要もある」と語り、より柔軟な運営が可能な簡易宿所への切り替えを申請しています。金沢市においても、簡易宿所の客室数が2015年と比べて3.4倍の742室に増加しており、民泊に求められる設備投資や手続きの煩雑さに対し、開業費用があまり変わらない簡易宿所を選ぶ事業者が増えているようです。
【編集者視点】民泊は「簡易宿所」に進化すべきでしょう
私は、この北陸の民泊の状況は、利用者側には「ユニークな滞在体験」へのニーズがあっても、提供側には「十分な収益メリット」が乏しいという、構造的なミスマッチが原因だと考えます。現在の日本の民泊制度は、旅館業法に比べて規制が緩いものの、年間180日という営業日数制限や、自治体ごとの追加規制が、安定的な事業運営を難しくしています。その結果、多くの事業者が簡易宿所へ移行しているという現状は、民泊という仕組みが、日本の宿泊業界の現実と観光需要に必ずしも適合していないことを示唆しているのではないでしょうか。
特に「簡易宿所」へのシフトは、事業者が民泊の「手軽さ」と、ホテルの「収益性・安定性」を両立させようとする、極めて合理的な選択と言えるでしょう。SNS上では「ホテルより安くて地元の生活が体験できる民泊が良いのに、選択肢が少なくて残念」という声や、「180日ルールがあるなら、ビジネスとして成り立たせるのは難しい」という事業者目線の意見も見受けられます。今後、民泊が本来の役割を果たし、地域の観光振興に貢献するためには、現行の民泊制度の規制緩和、または簡易宿所への移行を促すような、実効性のある政策が必要であると考えます。