✅【高知県大川村の未来】✅人口400人の限界集落で議員になった28歳の移住者・和田将之氏の挑戦と議会存続への熱意

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高知県北部の山間に位置する大川村で、2019年4月に行われた村議会議員選挙において、当時28歳だった和田将之氏が初当選を果たしました。これは、長年の課題であった議員のなり手不足により、議会の存続自体が危ぶまれていた村にとって、文字通り「新しい風」となったのです。長年、定数割れが続いていた大川村の村議会選挙ですが、この時は定数6に対して7人が立候補し、なんと8年ぶりの選挙戦が繰り広げられたのでした。若き移住者である和田氏の出馬は、村の未来に希望の光をもたらしたと言えるでしょう。

群馬県前橋市で育ち、大学進学で上京した和田氏は、地域活性化を目指す「緑のふるさと協力隊員」として5年前に大川村へやってきました。豊かな自然に魅了され、任期後も村に残り、2016年3月には村に住む華奈さんと結婚し、金井から和田に姓を改めました。新婚当初は、田舎暮らしに憧れて移住してきた単なる若者であり、人口わずか400人の小さな村特有の慣習やルールに戸惑い、地域に溶け込むために心を砕く日々を過ごしました。例えば、山間にある集落では、大雨や台風の際に男性住民が沢から引いた導水管の自主的な保守管理を行うといった、外部の人間には分かりにくい「暗黙の了解」が存在します。和田氏は当初、そのルールを知らずに注意を受けることもあったと言います。当時は、人間関係に細心の注意を払う「よそ者」という意識が強く、政治とは無縁の生活を送っていたのです。

議会消滅の危機が若者を動かした背景

そんな和田氏にとって大きな転機となったのは、2017年6月に当時の和田知士村長が、議会に代わる**「村総会」**の検討を表明した出来事でした。村総会とは、全住民が議決権を持つ、言わば「住民による議会」のようなものです。村長の本意は、実現の可否はともかく、村議会に対する村民の関心を高めることにありました。この動きに対し、和田氏をはじめとする地域の若者が呼応し、定期的に集まって地域活性化について議論を深め始めました。この活動を通して、村の意思を反映させる議会の重要性に気づいたのです。議会がその機能を果たせなくなれば、村の自治、ひいては大川村という存在そのものの意義が問われかねない、という強い危機感を抱きました。

しかし、日々の生活で手一杯な高齢層を中心に、議会に対する村民の関心は依然として低い状況にあったのです。「ならば、自分が主体となって動かなければ」という強い自覚が芽生えました。この決意には、和田氏の活動を理解し、出馬を促してくれたシニア層の理解者や、妻そして義父といった家族の後押しが大きな支えとなりました。SNS上でも、この小さな村の挑戦は「地方自治の未来を示す事例だ」「若者が行動を起こすのは素晴らしい」といった好意的な反響が見られ、多くの人が大川村の動向に注目し始めたのでしょう。

初当選後、和田氏は2019年6月3日に開かれた定例議会において、さっそく「小中学校に冷暖房機を設置するスケジュール」について質問するなど、精力的に活動を開始しています。「生活者の目線を忘れずに地域の声を届け、そして地方自治を守るという議員の仕事を、住民の皆さんに知ってもらう」という強い意気込みで臨んでいることがうかがえるでしょう。現在、議会の広報担当も務めており、広報誌を作成して集落を回り、議員の仕事の説明や困り事のヒアリングを行うなど、村民との対話を重視した活動を展開しています。

和田氏の挑戦は、人口減少と高齢化が進む日本の地方自治が直面する根深い問題への、一つの希望に満ちた回答になると私は考えます。よそ者であった和田氏が、自ら村のルールを学び、議会消滅の危機を目の当たりにしたことで、「住民の声を反映させる」という民主主義の基本を体現する存在へと変貌したのです。2019年5月10日には、初めての子供となる長女が誕生し、「榛名」と名付けられました。これは和田氏の故郷の名山にちなんだ名前であり、妻の心遣いに胸が熱くなったと言います。長女がこれからも安心して暮らせる村を目指すという決意は、彼の活動の原動力となるに違いありません。大川村の挑戦は、全国の限界集落と呼ばれる地域にとって、地方自治のあり方を問い直す重要な一歩となるでしょう。

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