宮崎県の山あいに位置する綾町に、日本古来の純国産の蚕の品種「小石丸」を守り、その糸から生み出される極上の織物で、着物文化に新たな息吹を注いでいる染織作家がいらっしゃいます。それが、秋山眞和(あきやま まさかず)さん(77)です。秋山さんが主宰する「綾の手紬染織工房」は、今や国内でわずか数軒しか残されていない小石丸を商業生産している貴重な場所となっています。2019年6月16日付の記事によると、秋山さんは小石丸で仕立てられたシルクのストールを手に「軽いんですよ。他とは全然違います」と、その品質に自信を見せられました。
実際に手に取ったストールは、ふわりと柔らかく、大変繊細な手触りだといいます。この上質な絹糸の秘密は、小石丸が持つ糸の細さにあります。一般の蚕の品種がおよそ2.7デニールであるのに対し、小石丸の糸は1本あたり約1.9デニールと、実に一般的な品種の約7割の細さしかありません。この細さが生み出す圧倒的な軽さは、特に着物に仕立てた際に最も実感できると秋山さんは語っていらっしゃいます。さらに、細いにもかかわらず強靭で、引っ張っても簡単にはちぎれず、美しい光沢を放つのも大きな特徴です。老舗百貨店・高島屋の呉服バイヤーである原健一郎氏も「小石丸で作った生地は糸の繊細さからくる光沢を感じる」と絶賛しており、その魅力はプロの目から見ても際立っていることが分かります。
小石丸は、江戸時代から明治時代にかけては主流だった品種ですが、現在の養蚕業ではほぼ目にすることがありません。その理由は、交雑種の蚕に比べて繭が小さいため、一本の繭から採れる糸の量が極めて少ないからです。具体的には、一般的な品種から1000〜1500メートルの糸が採れるのに対し、小石丸からはわずか4分の1以下の約250メートルしか採れません。また、繭になる時期が個体ごとにバラバラで飼育が難しいため、生産性を重視する養蚕農家からは敬遠されるようになってしまいました。しかし、この小石丸の**「細さ」と「採れにくさ」こそが、その美しさの源泉となっているのです。
歴史を紐解くと、小石丸は日本に古くから伝わる品種で、1871年から続く皇室のご養蚕の中でも大切にされてきました。一度は廃棄の危機に瀕したものの、上皇后さまがピーナツ型の繭の形や糸の美しさにご着目になり、熱心に飼育に取り組まれたことは広く知られています。また、正倉院の宝物(ほうもつ)の復元にも使用されるなど、その価値は歴史的にも証明されています。日本の養蚕は奈良時代から行われ、明治から昭和初期にかけては日本の主要な輸出品として経済を支えましたが、その過程でより多くの糸を効率的に採るための品種改良が進み、小石丸のような在来種は姿を消していきました。秋山さんはこの純国産種の価値を再認識し、およそ30年前に小石丸の飼育をスタートさせたのです。
🧶「幻の糸」が織りなす極上の風合いと秋山さんの技術
秋山さんが小石丸に注目した当初の目的は、藍染めのしやすさでした。通常の絹糸はけば立ち(毛羽立ち)やすく、粉をふいたような質感になりがちですが、小石丸の糸はけば立ちが少ないため、狙い通り藍染めとの相性は抜群だったといいます。当時、生繭の取引が制限される中、秋山さんは宮崎県などの協力を得て国の研究所から小石丸を譲り受け、飼育を始められました。現在は餌となる桑の葉の栽培から手掛け、契約農家と協力しながら、年間で22〜27キログラムの小石丸の繭を生産されています。
小石丸の糸は短いだけでなく、蚕が休み休み糸を吐くため、糸を撚(よ)り合わせる際に糸が重なり合ったダマができやすい特性があります。また、一本一本の糸の太さも均一ではありません。秋山さんの工房では、あえてそうした扱いにくい小石丸の糸を、丁寧に手作業で織り上げています。機械織りのように強い力でピンと張るのではなく、ゆとりをもって柔らかく織り上げることで、糸の不均一さと織り方が組み合わさり、収縮にゆとりのある立体的な生地が生まれるのです。秋山さんは「それが何とも言えない味になるんですよ」と、この自然の風合いを心から愛でていらっしゃいます。
秋山さんは、アカニシ貝の内臓から採れる色素を用いた染色法「大和貝紫(やまとかいむらさき)」を復活させたことでも知られ、国の「現代の名工」にも選ばれた第一人者です。その卓越した技術と小石丸への情熱に惹かれ、4年前から二上拓真(ふたがみ たくま)さん(26)が弟子入りを志願されました。二上さんは「歴史があるから大事にするということだけではなく、染織に優れているという小石丸の魅力を伝えていきたい」と意気込み、日々、蚕の世話に励んでいるそうです。
秋山さんは以前、「自分が仕事ができなくなったら工房は閉めてもいい」と考えていたそうですが、二上さんの熱意に触れ、考えを改められました。今は「小石丸がこのままなくなるのはもったいない」という強い思いから、これまでに積み上げてきた全ての経験を二上さんに惜しみなく伝授されています。小石丸で織られた秋山さんの作品は、着物で200万~300万円程度、ストールでも20万円程度からと高価ですが、その唯一無二の軽さ、光沢、そして風合いは、多くの着物ファンを魅了してやまないでしょう。日本の伝統文化を、現代に継承していく秋山さんと二上さんの取り組みは、本当に素晴らしい挑戦**であり、今後もぜひ注目していきたいものです。