2019年09月21日の夜、香港島にある繁華街・銅鑼湾(コーズウェイベイ)の電器店では、突如として緊張が走りました。店員が駆け寄り、間近で始まる抗議活動に備えて閉店を告げたのです。しかし、客たちは驚く様子もなく静かに店を後にしました。2019年06月初旬に100万人規模のデモが発生して以来、週末の混乱は16週間も連続しており、もはや日常の一部と化しているのです。
香港政府のトップである林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は、2019年09月04日に混乱の引き金となった「逃亡犯条例」改正案の撤回を表明しました。これにより参加者数は減少傾向にありますが、一部の若者による行動は過激さを増しています。火炎瓶の投擲や地下鉄駅の破壊といった警察との激しい衝突は、収束の兆しを見せるどころか、むしろ対立の激化を象徴しているかのようです。
「中国人ではない」という主張と造語「CHINAZI」の衝撃
街中では、中国とナチスを掛け合わせた「CHINAZI」という過激な造語が躍り、若者たちの間では「自分たちは中国人ではない」というスローガンが定着しつつあります。彼らは本土の人間と明確に一線を画そうとしていますが、こうした動きはSNSを通じて中国本土へ刻一刻と伝わっています。当然ながら、これを目にする本土の人々の心中は穏やかではありません。
SNS上では香港に対する厳しい声が噴出しており、「香港人は大陸の人間を馬鹿にしている」「あまりに傲慢だ」といった書き込みが後を絶ちません。かつて香港は、1997年の主権移譲時に中国全体のGDPの約18%を占める特別な存在でした。しかし、中国の急速な経済発展により、現在は3%未満にまで低下しています。経済的な優位性が揺らぐ中で、香港人の「優越感」が本土の人々の反感を買い、いわゆる「嫌香港」の感情を増幅させているのです。
また、米中貿易戦争が影を落とす中、デモ隊が星条旗を掲げて米国に助けを求める姿は、本土の人々には「祖国への裏切り」と映ります。北京の若者からは「そんなに嫌なら出ていけばいい」という突き放した意見も聞かれるようになりました。編集者の視点から言えば、この対立は単なる政治問題を超え、アイデンティティと自尊心がぶつかり合う、極めて根深い感情の戦争へと発展していると感じざるを得ません。
国家戦略としての香港の価値と「香港不要論」の懸念
感情的な亀裂が深まる一方で、中国政府内には「香港不要論」の台頭を危惧する声も存在します。政府系シンクタンクの黄奇帆氏は、たとえ上海や深センの経済規模が香港を数倍上回ったとしても、外資を呼び込む窓口としての香港の代替は不可能だと強調しています。香港は、独自の法体系や金融システムを持つ「自由港」としての機能を保持しており、中国経済の国際化には欠かせないピースなのです。
しかし、本土市民の不満を放置すれば、現政権への不信感に繋がりかねません。習近平指導部にとって、国家の威信を守りつつ経済的な実利も確保するという舵取りは、かつてないほど困難な局面を迎えています。香港と大陸、同じルーツを持ちながらも心が離れていく両者の姿に、私たちは対話の難しさと、経済発展だけでは埋められない価値観の断絶を突きつけられているのではないでしょうか。