2019年09月23日、日本の科学界にまた一つ、ユニークで誇らしいニュースが飛び込んできました。なんと日本人が13年連続で「イグ・ノーベル賞」を受賞するという快挙を成し遂げたのです。今回スポットライトを浴びたのは、明海大学の渡部茂教授が取り組んだ「5歳児の唾液(だえき)の総量」に関する研究でした。
一見すると「それが分かって何になるの?」と感じてしまうかもしれません。しかし、この「一見無駄に見えること」を突き詰める情熱こそが、科学の真髄(しんずい)ではないでしょうか。ネット上でも「5歳児を対象にする根気がすごい」「日本人の探究心は斜め上を行っている」と、その独創性を称える声が次々と上がっています。
イグ・ノーベル賞とは、1991年に創設された「人々を笑わせ、そして考えさせる」研究に贈られる名誉ある賞です。名前に否定的な意味を持つ接頭辞が含まれるため、本家ノーベル賞のパロディーと見なされがちですが、その実態は非常に硬派です。選考には厳格な科学的根拠が求められ、過去にはこの賞の後に本家ノーベル賞を射止めた博士も存在します。
常識を疑う一歩が革新的な未来を切り拓く
優れた研究の出発点は、いつの時代も常識にとらわれないピュアな好奇心にあります。例えば、2012年にノーベル賞を受賞した山中伸弥教授のiPS細胞も同様です。細胞は老化するのが当たり前という「常識」を覆し、若返らせることに成功したからこそ、再生医療という未知の領域への扉が開かれたのでしょう。
渡部教授の実験も、非常に地道で粘り強いものでした。5歳の子どもたちに食べ物を噛んでは吐き出してもらう作業を繰り返し、1日の唾液量を算出するという気の遠くなるようなプロセスを経て論文は完成しました。自分の息子さんまで協力させたというエピソードは、研究者の凄まじい執念を感じさせ、胸が熱くなります。
こうした家族総出の献身的な姿は、2008年にノーベル化学賞を受賞した下村脩氏を彷彿とさせます。下村氏もまた、膨大な数のクラゲを家族と共に採集し、緑色蛍光タンパク質(りょくしょくけいこうたんぱくしつ)の発見に至りました。何かに突き動かされるように没頭する姿こそ、科学者が持つべき最高の才能だと言えます。
昨今の日本の研究現場では、将来の目標から逆算して研究を進める「バックキャスト」という手法が主流になりつつあります。しかし、私はあえて異を唱えたいのです。役に立つかどうかを先に考えてしまうと、どうしても発想が型にはまってしまい、イノベーションに必要な「奇抜さ」が失われてしまう懸念があるからです。
自分の好奇心に従って突き進む「キュリオシティ・ドリブン(好奇心駆動型)」のアプローチこそ、多様な発見の源泉です。国が新たな科学技術政策を模索する今、こうした「小さな芽」を摘まずに育てる環境が不可欠でしょう。10月07日からの本家ノーベル賞発表でも、日本人の独創性が世界を驚かせることを期待して止みません。