2019年09月25日、私たちはある一人の女性が綴った、心温まる正月の風景と命の尊さに触れる機会を得ました。例年、年末から1月3日にかけての三が日を鎌倉の実家で過ごすという彼女の日常は、家族や叔母との賑やかな笑い声に包まれています。大晦日には自室で静かに1年を振り返り、新年の挨拶の準備を整えるのが彼女のスタイルです。
元日の朝は10時頃に家族が揃い、特別な時間が始まります。用意されるのは、かつて「幻の銘酒」として日本中を席巻した「越乃寒梅」の大吟醸。このお酒は、伝説的な雑誌『酒』の編集長であった佐々木久子氏から教わった逸品だそうです。叙勲の記念である菊の御紋入り金杯で乾杯する光景からは、背筋が伸びるような日本の伝統的な正月の美しさが伝わってきます。
仕事への情熱も忘れません。会社設立時からの恒例行事として、社員の方々にも越乃寒梅を振る舞うといいます。おせち料理は地元・鎌倉の老舗「日影茶屋」の三段重を囲むのが定番で、食事の後にはお年玉の交換が待っています。80歳を過ぎた叔母から「のりこちゃんへ」と書かれた封筒を受け取る瞬間のワクワク感は、何歳になっても色褪せない宝物なのでしょう。
SNS上では、こうした丁寧な暮らしぶりに対し「理想的なお正月の過ごし方」「家族の絆が素敵すぎる」といった羨望の声が多く寄せられています。しかし、物語はここから思わぬ方向へと展開します。三が日を終えて東京へ戻る際、彼女はいつも富士山までドライブを楽しみます。真っ白で雄大な姿に新しい年の決意を込める、それが彼女のルーティンでした。
樹海で見つけた「救いたい」という切なる願い
ある年の年末、彼女はテレビのドキュメンタリー番組で、富士山の麓にある青木ヶ原樹海をパトロールする男性の姿を目にします。自ら命を絶とうとする人々に声をかけ、必死に命を繋ぎ止めようとするその献身的な姿に、彼女の胸は激しく締め付けられました。自分自身の満ち足りた生活と、絶望の淵に立つ人々の対比が、彼女を突き動かしたのです。
「本当は、心のどこかで救われたいと願っているのではないか」という確信に近い思いを抱いた彼女は、居ても立ってもいられずパトロールの事務所を訪ねました。残念ながらその男性には会えませんでしたが、彼女は叔母からもらった大切なお年玉を差し出しました。「これで温かいお茶やうどんを出してあげてください」という言葉と共に。
「自殺企図者」という言葉があります。これは自らの命を絶とうとする意志を持ち、実際に行動に移そうとしている人を指す専門用語です。彼女が託したお年玉は、そんな崖っぷちに立つ人々の心を溶かす「最後の一杯」に姿を変えました。この匿名での寄付は、それから毎年欠かさず続けられることとなったのです。
後日、彼女の元に富士河口湖町長から一通のメールが届きました。そこには、樹海が本来、強靭な生命力を持つ動植物の宝庫であること、そしてそこが死に場所として選ばれることへの深い悲しみが綴られていました。ボランティアによる声かけが「命を救う水際」となり、彼女の寄付が「生きていて良かった」と思えるきっかけを作っているという事実です。
私は、この記事を読んで「誰かを想う想像力」の力強さを再確認しました。自分の幸せを独り占めせず、見知らぬ誰かの「生きる理由」に変えようとする彼女の行動は、現代社会が最も必要としている光ではないでしょうか。一人でも多くの人が、温かい一杯のうどんで立ち止まれるような、そんな優しい連鎖が広がることを切に願って止みません。