静岡県浜松市の北部に広がる広大な森林から産出される「天竜材」をご存じでしょうか。500年以上の輝かしい歴史を誇るこの木材は、今まさに新しい時代の幕開けを迎えようとしています。かつては安価な輸入材の台頭や住宅需要の冷え込みにより、産地全体が厳しい状況に置かれていました。しかし、地域の関係者が手を取り合い、再びその価値を世界へ発信し始めています。
2019年9月11日、天竜森林組合では特別な出発式が執り行われました。トラックに積み込まれた天竜材の向かう先は、2020年に開催を控えた東京五輪・パラリンピックの関連施設です。選手たちが交流を深める「選手村ビレッジプラザ」の建築資材として、浜松の魂が込められた木材が送り出されました。SNS上でも「地元の木が五輪に使われるなんて誇らしい」と歓喜の声が上がっています。
世界が認める品質と「FSC認証」によるブランド戦略
天竜材がこれほどまでに注目を集める理由は、その圧倒的な品質にあります。節が少なく、極めて高い強度を持つこの木材は、建物の骨組みから美しい壁板まで幅広く活用されています。さらに浜松市は、環境に配慮した持続可能な森林経営を証明する国際的な規格「FSC認証」の取得を推進してきました。これは、森の豊かさを守りながら経済活動を行うための世界共通の「お墨付き」といえるものです。
2010年からの継続的な取り組みにより、浜松市の認証林面積は4万5270ヘクタールに達し、市町村別では日本一の規模を誇るまでになりました。環境意識が高まる現代において、この認証は強力な武器となります。2015年からは大手ゼネコンや設計事務所を対象とした商談会「天竜材セールスミーティング」も毎年開催されており、着実に大口の需要を掘り起こすことに成功しているのです。
ライバルからパートナーへ。水平連携が切り拓く大規模建築の未来
もともと天竜の製材業界は、腕自慢の中小業者が切磋琢磨する職人気質の強い地域でした。しかし、一社では到底対応できない巨大プロジェクトの依頼に対し、かつてのライバルたちが手を取り合う決断を下したのです。2015年3月に完成した「静岡県草薙総合運動場(このはなアリーナ)」の建設を機に、15社が連携して供給体制を整えたことは、業界にとって大きな転換点となりました。
この成功を受けて発足した「天竜材水平連携協議会」は、現在20の企業や団体が参加する強力な組織へと成長しています。異なる会社同士で原木の選定基準や製材技術を共有し、厳しい強度テストを共にクリアすることで、地域全体の底上げが実現しました。単なる「材料の寄せ集め」ではなく、均一で高品質な木材を大量に供給できる仕組みこそが、五輪という大舞台への切符を勝ち取った要因です。
持続可能な「木の文化」を次世代へつなぐ編集者の視点
2010年に公共建築物等木材利用促進法が施行されて以来、街の中に木を取り入れる「木質化」の波が加速しています。1970年ごろをピークに落ち込んでいた浜松の木材生産量も、2011年度の約7万立方メートルを底に、2017年度には12万立方メートルを超える水準まで回復しました。これは、単なるブームではなく、日本の資源を自国で循環させようという意志の表れだと私は感じます。
五輪施設での採用は、天竜材の魅力を世界に知らしめる絶好のショーケースとなるでしょう。木材は、適切に管理すれば永遠に再生可能な、日本が誇るべき貴重な資源です。この熱狂を一時的なものに終わらせず、一般住宅や日常の暮らしの中へいかに還元していくか。地域が一丸となって危機を乗り越えた天竜の挑戦は、日本の一次産業が生き残るための輝けるモデルケースになるに違いありません。