日本のものづくりを支えてきた巨大産業が、今まさに劇的な変貌を遂げようとしています。鉄鋼やインキといった伝統的な素材大手が、少子高齢化による国内市場の縮小に立ち向かうべく、長年培った独自のノウハウを「化学」の領域へと注ぎ込み、大胆な経営の多角化を加速させているのです。かつての「本業」という枠組みを超え、自動車の技術革新や医療の最前線へとその触手を伸ばす姿は、まさに第二の創業期と呼ぶにふさわしい勢いを感じさせます。
SNS上でも「あの鉄鋼メーカーが電池を作っているのか」「インキの会社が薬の開発に関わるとは驚きだ」といった驚嘆の声が上がっており、異業種への進出が大きな注目を集めています。こうした動きの象徴と言えるのが、2018年10月1日に誕生した日鉄ケミカル&マテリアルです。旧新日鉄住金傘下の化学部門と素材部門が一つになったことで、これまではアプローチが難しかった顧客層への販路が拓け、効率的な経営体制が整ったと太田克彦社長は手応えを語ります。
製鉄の副産物がEVの心臓部に!カーボン技術が拓く未来
なぜ鉄鋼メーカーが化学に強いのか、その秘密は製鉄の過程で生まれる「副産物」にあります。コークスを作る際に出る炭素成分は、電極や炭素繊維の貴重な原料となるのです。これらは現代のモビリティに欠かせないリチウムイオン電池の「負極材(電気を蓄える重要なパーツ)」や、精密な磁性材料へと姿を変えます。JFEスチール傘下のJFEケミカルも、この技術を武器に、電気自動車(EV)需要が爆発する中国市場への本格参入を決定しました。
同社は2018年3月に中国の鉄鋼最大手である宝山鋼鉄のグループ会社と、電池材料を共同生産する合弁会社の設立に合意しました。約73億円を投じて建設される新工場は、2020年後半の稼働を目指しており、世界最大のEV市場でのシェア獲得を狙っています。また、JFEスチール自身も2017年に「機能材料研究部」を新設しました。三菱ケミカルホールディングスとの軽量素材開発など、業界の垣根を越えた連携も、今後の競争力を左右する鍵となるでしょう。
インキから医療へ、貼るだけで効く新薬開発への挑戦
一方、私たちが日常的に触れる印刷用インキの分野でも、驚くべき進化が起きています。東洋インキSCホールディングスは、デジタル化の波で縮小するインキ事業から、化学・ヘルスケア分野へのシフトを鮮明にしています。同社が注力しているのは、インキの原料である樹脂の技術を応用した「貼付薬(ちょうふやく)」です。これは皮膚から成分を吸収させる薬で、錠剤よりも効果が持続しやすく、飲み込みが困難な患者さんにも優しい医療形態として期待されています。
現在、同社のヘルス・メディカル分野の売上高は約20億円規模ですが、2027年には貼付薬単体で40億円という高い目標を掲げています。従来のインキ製造で磨かれた「色を定着させ、均一に塗る」という技術が、実は高度な医療用シートの製造に直結しているのです。素材の持つ無限の可能性を信じ、全く異なる分野で価値を再定義するこの姿勢こそ、激動の時代を生き抜くために必要な戦略ではないでしょうか。
私自身の視点から言えば、こうした「技術の転用」は日本企業が最も得意とすべき領域です。しかし、世界に目を向ければ、新興国のメーカーやITを駆使した新興勢力が猛烈なスピードで追い上げています。自社に眠る資源を見つめ直し、いかに迅速に社会のニーズと結びつけられるか。今回の各社の挑戦は、単なる生き残り策ではなく、日本の産業構造を再定義する大きなチャンスであると信じています。今後の日本化学の底力に、大いに期待したいところです。