プロ野球の世界において、秋は単なる季節の移ろい以上の意味を持っています。優勝を争う歓喜の瞬間がある一方で、長年親しんだグラウンドに別れを告げる引退のドラマが各地で繰り広げられるからです。球界のレジェンドである張本勲氏は「男は人前で泣くものではない」という美学を持っていますが、そんな厳しい勝負の世界に身を置く男たちが不意に見せる涙は、見る者の心を激しく揺さぶります。
最近、多くのファンの胸を打ったのは、2019年09月に関行われた阪神タイガースのランディ・メッセンジャー投手の引退会見でした。10年もの間、虎のエースとして君臨し続けた彼が、会見の途中で言葉を詰まらせ、大粒の涙を流したのです。SNS上では「最強の助っ人が見せた涙に、こちらも号泣した」「日本を愛してくれてありがとう」といった温かいコメントが溢れ返り、国境を越えた野球愛が証明されました。
私たちはどこかで、外国人選手を「クールなプロフェッショナル」として、どこか西部のガンマンのような冷徹なイメージで捉えてしまいがちです。しかし、2019年09月30日現在の視点で見れば、彼らもまた血の通った人間であり、心血を注いだ場所を去る際の感慨に日米の差など存在しないことが分かります。強面(こわもて)な選手の素顔が垣間見える瞬間こそ、スポーツジャーナリズムが伝えるべき真実なのかもしれません。
記憶に刻まれた伝説の涙!長嶋・東尾・金村が残したメッセージ
過去を振り返れば、1974年10月14日の長嶋茂雄氏の引退も、涙なしには語れません。有名な「我が巨人軍は永久に不滅です」というスピーチ以上に感動を呼んだのは、ダブルヘッダーの間に行われた予定外の「惜別ウォーク」でした。タオルで涙を拭いながら、一人で球場を一周する背中には、言葉を超えた重みがありました。こうした「セルフプロデュース」ではない自然な感情の露呈こそ、ファンの記憶に永く刻まれるのでしょう。
また、1982年に西武ライオンズを日本一に導いた東尾修氏の「歓喜の涙」も印象的です。「はぐれトンビ」と称され、一匹狼のような勝負師だった彼が、優勝の味を知るために現役続行にこだわった姿は、プロの執念を感じさせます。この時の涙を機に、彼はさらに6年もの間第一線で投げ続け、何度も2桁勝利を挙げることになります。涙は時として、選手に新たな生命力を吹き込む触媒(反応を促進させる要素)となるようです。
一方で、戦えずして流した悔し涙もまた美しいものです。1988年10月19日、近鉄バファローズの金村義明氏は、伝説の「10.19」ダブルヘッダーで優勝を逃し、人目をはばからず泣きました。骨折で出場できない中、ギプス姿で球場に駆けつけていた彼の姿は、当時のプロ野球界が持っていた「やんちゃな熱量」を象徴しています。自らの力で運命を変えられなかった無念さは、スポーツマンにとって最大の痛みといえるでしょう。
私は、こうした選手たちの涙を「情緒的すぎる」と切り捨てるべきではないと考えます。確かにデータや勝敗としての競技性は重要ですが、野球を動かしているのは結局のところ「人間」です。喜怒哀楽を素直に表現する姿に、私たちは自分自身の人生を投影し、明日への活力をもらうのではないでしょうか。2019年のシーズンも終盤を迎え、これからも多くの涙が流れるはずですが、それを温かく見守りたいものです。