【佐賀・大町町】豪雨による油流出から1カ月。再発した悲劇と農家の苦悩、営農再開への険しい道のり

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2019年8月に九州北部を襲った記録的な大雨は、佐賀県大町町に深刻な爪痕を残しました。浸水被害に伴い、町内の佐賀鉄工所大町工場から大量の油が流出するという痛ましい事故が発生してから、2019年9月28日でちょうど1カ月が経過します。現地では油が付着してしまった作物の刈り取りが進められていますが、農家の方々が再び筆を執り、土に触れる日はまだ遠く、先行きの見えない不安が色濃く漂っています。

SNS上では「一生懸命育てた作物が一瞬でダメになるなんて言葉が出ない」「30年前と同じ過ちを繰り返すなんて信じられない」といった、被災された農家の方々への同情と、企業の管理体制に対する厳しい批判の声が相次いでいます。代々続く農地を誇りに思ってきた人々にとって、今回の事態は単なる自然災害の枠を超えた、人災としての側面が強く意識されているようです。失われた日常を取り戻すための戦いは、想像以上に過酷なものとなっています。

大町町で6代にわたり農業を営んできた鵜池智恵子さんは、自宅前の田畑が最大で約1.8メートルも冠水する被害に遭われました。手塩にかけて育てたコメやキュウリは4.2ヘクタールにわたって全滅し、農業用ハウスや機械も一切使えない状態です。2019年9月下旬、避難所から片付けに通う鵜池さんは、ぼうぜんと立ち尽くしながら「いまだに頭が真っ白で、先のことは考えられない」と、絞り出すような声で心中を吐露してくださいました。

今回の油流出の発生源となった佐賀鉄工所大町工場は、実は1990年7月の豪雨時にも同様の事故を引き起こしています。企業側は前回の反省を踏まえ、油槽がある建物の底上げや、浸水を防ぐための重量シャッターを設置するなどの対策を講じていたと説明しました。しかし、今回の大雨ではシャッターの隙間から雨水が侵入し、床下3メートルという低い位置に設置されていた蓋のない油槽へ流れ込んでしまったのです。

水よりも比重が軽い油は、雨水とともに溢れ出し、周囲の農地へと広がっていきました。工場側は「想定外の雨量だった」と肩を落としますが、2009年に町が発表していたハザードマップ(自然災害による被害を予測し、範囲や避難経路を地図化したもの)では、当該敷地が最大2〜5メートル浸水する可能性が指摘されていました。この警告が企業の防災計画に十分に反映されていなかった事実は、重く受け止めるべき課題でしょう。

2019年9月24日からは、JAさがの協力により油の付着した稲を処分するための刈り取り作業が始まっています。本来であれば黄金色に輝く稲穂を収穫し、喜びを分かち合うはずの季節に、廃棄を前提とした作業を行う農家の皆さんの心中は察するに余りあります。今後は土壌に含まれる油分濃度を検査し、石灰による中和や表土の入れ替えといった対策が検討される予定ですが、営農再開の時期は依然として不透明なままです。

過去には2017年10月の豪雨で滋賀県竜王町でも同様の油流出事故が発生しましたが、そこでは関係者が団結し、約4カ月後には耕作制限が解除されるまで回復した事例があります。大町町においても、行政と企業、そして地域社会が一体となって被災者に寄り添い、一刻も早く希望の光を届けることが求められます。二度とこのような悲劇を繰り返さないための、実効性のある指針づくりが急務といえるでしょう。

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