いよいよ熱い戦いの火蓋が切られようとしています。サッカー日本代表が、南米最強国を決める大陸選手権「コパ・アメリカ」(南米選手権)に、実に20年ぶりとなる2度目の参加を果たします。初戦は2019年6月17日(現地時間)に行われますが、この挑戦は、単なる大会出場以上の、日本サッカーにとって極めて重要な意味を持っていると言えるでしょう。今回の招待参加は、前回と同様、南米連盟(CONMEBOL)と日本サッカー協会(JFA)の強固な友好関係の証であり、国際舞台での経験を渇望する日本にとって、得難いチャンスになっているからです。
1999年の前回大会では、次期ワールドカップ(W杯)開催国という立場も追い風となりましたが、今回は、2022年W杯開催国であるカタールが同じ招待国の地位にあります。前回、日本代表は井原正巳選手、名波浩選手、藤田俊哉選手といったベテラン選手を中心に編成されましたが、欧州リーグでの過酷なシーズンを終えた直後の中田英寿選手は不参加でした。結果は1次リーグで1分け2敗という厳しいものとなり、惨敗と言っても良い結果に終わっています。しかし、この苦い経験は、当時のフィリップ・トルシエ監督の指導方針に大きな影響を与え、代表チームの世代交代を一気に加速させるきっかけにもなりました。
当時、日本はワールドユース(現20歳以下W杯)で小野伸二選手や小笠原満男選手、高原直泰選手ら若い才能が準優勝という快挙を成し遂げたばかりでした。このフル代表と若手チームの「明暗」が、トルシエ監督に「ホップ・ステップ・ジャンプ」の強化戦略を確信させたのです。つまり、ナイジェリア組と経験豊富なオーバーエージ枠の選手たちを組み合わせて2000年シドニー五輪を戦い、その五輪組を中核として2002年日韓W杯に挑むという、筋道の通った育成プランでした。これは、日本サッカー界の将来を見据えた、非常に先見性のある決断だったと私は評価いたします。
そして今、日本代表を率いる森保一監督は、トルシエ監督以来の五輪代表とフル代表を兼任する指揮官です。その頭の中には、20年前のこの成功体験が間違いなく一つの参考例として存在しているはずだと推察されます。しかし、今回のコパ・アメリカへは前回とは大きく異なり、2020年東京五輪出場を目指す若手選手が中心の編成で乗り込んでいます。この背景には、南米連盟主催の公式戦へアジア連盟の国が参加する場合、所属クラブには選手の派遣義務がないという国際ルールの存在も影響しているのは事実でしょう。けれども、森保監督はこの状況を逆手に取り、若手のタレントを鍛え上げる絶好の機会と捉え、あえてこの大会を「育成の場」として活用することを決断したに違いありません。
近年、日本代表がチームとしてまとまって活動し、強化を続ける環境は、国際サッカー界の構造変化によって難しさを増しています。欧州では、欧州選手権やW杯予選に加え、ネーションズリーグという新たな大会が創設され、域内での強化サイクルが確立されました。その結果、森保監督の体制が昨年9月に発足して以来、日本は欧州の強豪国と一度も対戦できていないのが現状です。欧州と並ぶサッカー大国がひしめく南米選手権に参加できることは、このような状況を鑑みれば、極めて価値のある機会だと言えるでしょう。
この大会には、ブラジルやアルゼンチンといった伝統的な強豪に加え、3連覇を目指すチリ、そして古豪ウルグアイといった国々が、本気で優勝を狙う「修羅場」が広がっています。日本は、ここで若き才能をこの過酷な環境に身をさらすことになります。今回のメンバーには、スペイン紙『マルカ』で21歳以下の注目選手にも選ばれたDF冨安健洋選手や、初招集ながら大会最年少の18歳として大きな期待を集めるMF久保建英選手など、将来を嘱望される選手たちが名を連ねています。SNS上でも、槙野智章選手が負傷離脱の際に「僕の魂を預けました」と若手にエールを送るなど、世代を超えた関心が寄せられているようです。
東京五輪を目指す若者たちは、この6月、ポーランドでの20歳以下のW杯、フランスでのトゥーロン国際大会、そしてこのコパ・アメリカと、3つの異なる舞台で、同じ目標に向かって懸命に奮闘しています。ハードルはとてつもなく高いことは承知していますが、この南米の強豪を相手に一つ一つ悪戦苦闘し、経験を積み重ねていくことこそが、2020年東京五輪、そしてその先の2022年カタールW杯へとつながる確かな道筋になるはずです。世界トップレベルを肌で感じるこの試練を乗り越え、若きサムライブルーたちが大きく成長することを、私は心から期待し、応援したいと思っています。