次世代の移動サービスとして注目を集めるMaaS(マース:Mobility as a Service)は、鉄道、バス、タクシーといった長距離の移動手段だけでは完結しません。最終的な目的地、例えば自宅やオフィスまでユーザーを届けるための、短距離移動手段が不可欠となります。この「最後の約1.6キロメートル」とも言われる短距離移動に特化したサービスが、いま世界的な潮流となっているラストマイルモビリティーです。そしてこの新しい波は、2019年にも日本国内へと静かに押し寄せている状況だと言えるでしょう。
ラストマイルモビリティーの主役として、世界的に大きな関心を集めているのが「電動キックボード」です。「電動キックスケーター」や「Eスクーター」とも呼ばれ、わずか数年の間にアメリカで誕生した「Bird(バード)」や「Lime(ライム)」などのスタートアップ企業が、巨額の投資を呼び込み、未公開ながら企業評価額が10億ドル(約1,080億円)を超える「ユニコーン」企業へと成長を遂げています。この注目のモビリティーは、実はすでに日本でも体験することが可能になっています。
国内で唯一、電動キックボードのシェアサービスが公道で展開されているのは、埼玉県さいたま市にある埼玉高速鉄道の終点、浦和美園駅周辺です。2019年3月29日からサービスが開始され、駅の改札横には常に10台程度の機体が並び、利用者はスマートフォンアプリと専用ヘルメットで手軽に利用できる体制が整えられています。操作は簡単で、車体に片足を乗せ、地面を数回蹴って助走した後、ハンドル右側のアクセルを押すだけで走行できます。最高時速は19キロメートルと自転車並みで、一度慣れてしまえば、誰もが楽に移動できると感じるでしょう。
このサービスを運営するのは、ドイツ・ベルリンを拠点にヨーロッパなどで展開するウィンド・モビリティーの日本法人、ウィンド・モビリティー・ジャパンです。同社は、鉄道会社との連携は難しいと考えていましたが、2018年11月の展示会で埼玉高速鉄道と意気投合し、同社の積極的な支援のもとでスピーディーにサービス導入が実現しました。埼玉高速鉄道が沿線地域の活性化を見据えて、新しいモビリティーの活用に積極的だったことに加え、過去に自動運転EVバス実験などを通じて警察との連携の土壌があったことが成功の要因となったようです。サービス開始以降、事故や住民からの苦情もないと報告されており、利用者数は5月末で300人を超えています。
料金設定は、解錠に100円、そして1分あたり25円と海外とほぼ同水準ですが、利用が平均30分と長めのため、今後は時間や1日単位の乗り放題プランの導入も検討されているとのことで、より気軽な利用が期待されます。また、他の駅や街中への乗降場所の拡大も目指している段階です。しかし、この浦和美園駅での電動キックボードは、2002年の警察庁通知に基づき「原動機付自転車(原付)」として扱われているため、ナンバープレートやサイドミラーの装備が必須で、利用者は運転免許証を携帯し、車道を走行しなければなりません。
一方で、この法規制に対して疑問を呈する声も上がっています。シェア電動キックボードの提供を目指すLuup(ループ)の岡井大輝社長は、「実態に即した規制であるべき」と主張しています。ラストマイルモビリティーには電動キックボードだけでなく、一輪車型や車いす型など、今後実用化が見込まれる多様な種類がありますが、現状ではバッテリーが付くと一律で原付扱いとなり、運転免許の返納などで移動手段に困る高齢者などがマイカー代わりに利用できないといった不便が生じてしまうのです。
岡井社長は、最高時速10キロメートルといった低出力のモビリティーまで一律で原付とするのは合理的ではないとし、新しいモビリティーに合わせた規制の導入を提案し、参入しやすい環境整備を訴えています。この動きは業界全体にも広がり、岡井社長は、福岡市での実証実験を目指すAnyPay(エニーペイ)やヤフー子会社のZコーポレーションとともに、2019年5月に「マイクロモビリティ推進協議会」を立ち上げ、会長に就任しました。今後は、海外で乗り捨て自由な利用が放置車両や事故につながり、ドイツやフランスなどで事後的に規制が厳しくなっている状況を考慮に入れながら、年内には日本に適した業界の自主規制ルールを策定する方針です。
私見を述べさせていただきますと、このラストマイルモビリティーの進化と普及は、日本の社会が抱える多くの課題を解決する鍵となるでしょう。特に地方や過疎地域での移動手段の確保、そして運転免許を返納した後の高齢者の移動手段の多様化は喫緊の課題です。電動キックボードのような新しいモビリティーが、人々の移動をより自由で快適なものに変える可能性を秘めているのは間違いありません。しかし、そのポテンシャルを最大限に引き出すためには、実態とかけ離れた古い法規制を、安全性と利便性を両立できる形へと見直していく、行政側の柔軟な対応が求められるのではないでしょうか。
🛵電動キックボード流行の裏で国内勢が奮闘するシェア自転車の今
電動キックボードの話題に先行し、ラストマイルモビリティーの古株とも言えるのがシェア自転車です。一時期は中国から急成長した「摩拝単車(モバイク)」や「ofo(オッフォ)」の大手2社が日本にも進出し注目されましたが、本国での経営不振により事実上の撤退となり、ブームは一旦落ち着いたように見えました。しかし、国内大手は地道に基盤を固め、新興企業も独自の戦略で事業を拡大している状況です。
国内シェア自転車市場のトップに君臨しているのは、携帯電話最大手のNTTドコモです。子会社のドコモ・バイクシェアは、2019年3月末時点で全国28の地域、合計1万800台を展開し、北海道から沖縄までをカバーする広範なエリアと、月額2,000円で乗り放題という手軽さで、会員数は52万人に達しています。ソフトバンクグループのオープンストリートも「ハローサイクリング」を手掛けるなど、通信大手は自転車に搭載した位置情報システムから得られる移動経路や時間などのデータを、広告などの新規ビジネスに利活用する狙いがあります。
しかし、2015年に子会社を設立し、シェア自転車の「老舗」となったドコモでも、事業はいまだ赤字が続いています。2020年3月期の黒字化を目指していますが、最大のネックとなっているのが「自転車の再配置にかかるコスト」だと、ドコモ・バイクシェアの堀清敬社長は指摘します。朝の通勤時間帯に都心の駐輪場へ自転車が集中するなど偏りが発生するため、トラックで自転車を回収し、不足している駐輪場へ人力で再配置する作業が欠かせず、この人件費が重荷となっているのです。ITを活用したイメージとは対照的に、依然として人力に頼らざるを得ない状況にあると言えるでしょう。
こうした状況の中、非通信系で低コストを強みに勢力を伸ばしているのが、オーシャンブルースマートが提供する「PiPPA(ピッパ)」です。同社の自転車は電動アシスト機能をあえて採用せず、軽快な乗り心地を追求することで、導入費用をドコモの約5分の1程度に抑えることに成功しています。2018年からサービスを開始し、本社のある東京北部を中心に約100カ所に800台を設置したほか、京都市や宮崎市などへも進出を果たしています。京都では観光周遊、東京では企業の外回り営業といった、それぞれの地域に合わせた利用ニーズを開拓しており、MaaSのルート検索サービスを提供するナビタイムジャパンやヴァル研究所からも注目を集め、アプリの検索対象にもなっています。
オーシャンブルースマートの小竹海渡社長は、アプリで自転車を借りるという「概念自体がまだ社会に浸透していない」という認識を示しており、今後はアプリ機能の見直しや、地域に寄り添ったサービスの展開を通じて、シェアサイクルの定着を優先していく考えです。自転車や電動キックボードなどの小型モビリティー市場は、2030年にはアメリカ、ヨーロッパ、中国の3地域だけで最大5,000億ドル(約54兆円)規模に達するとの予測もあり、大きな期待が寄せられています。一方で、未成熟な市場ゆえのトラブルも多く、MaaSの重要な構成要素であるラストマイルモビリティーを、民間と行政が知恵を出し合いながら、どのように育成していくのかが試されていると言えるでしょう。