2018年に公開された映画『ボヘミアン・ラプソディ』の大ヒットによって、イギリスを代表する伝説的なロックバンド、クイーンの人気が爆発的に再燃しています。彼らは、様々なジャンルのポピュラー音楽を大胆に取り込み、独自の音楽世界を構築しました。その音楽は、後の多くのアーティストに計り知れない影響を与えており、まさに20世紀が生み出した音楽文化の金字塔ともいえるでしょう。この記事では、クイーンという最高の入り口から、奥深いロックの教養へと足を踏み入れてみましょう。
クイーンは1973年のデビュー以来、リードボーカルのフレディ・マーキュリー、ギターのブライアン・メイ、ドラムのロジャー・テイラー、ベースのジョン・ディーコンという揺るぎない4人のメンバーで活動を続けてきました。フレディが1991年に逝去した後、ジョンは1997年に引退してしまいましたが、現在もブライアンとロジャーは、アメリカの人気ポップス歌手アダム・ランバートをボーカルに迎えて、精力的な活動を展開しています。
彼らの最大の特長は、メンバー全員が非常に優秀なソングライターだったという点です。そのため、楽曲の多様性は自然と豊かになりました。映画のタイトルにもなった「ボヘミアン・ラプソディ」や「伝説のチャンピオン」など、数多くの代表曲を手がけたのはフレディですが、スポーツ観戦の場でおなじみの「ウィ・ウィル・ロック・ユー」はブライアンの作品です。また、全米チャートで1位を獲得した「地獄へ道づれ」はジョンが生み出し、世界的歌姫レディー・ガガの芸名のヒントになったと言われる「RADIO GA GA」はロジャーの作品で、メンバーそれぞれの才能が光っていることがよくわかります。
クイーンの音楽のルーツをたどると、若き日のフレディが、エルヴィス・プレスリーやリトル・リチャードといったロックンロールの黎明期を飾ったスターたちに強く影響を受けていたことが挙げられます。彼らの初期のライブでは、エルヴィスの「監獄ロック」をカバーしていたほどです。その影響が色濃く現れているのが、フレディが作曲した1979年の「愛という名の欲望」で、エルヴィスそっくりなスタイルで歌い上げているのが印象的です。
🎸クイーンサウンドの核心!豪華絢爛な「多重録音」の魅力
クイーンは、1970年代前半に流行したグラム・ロックのムーブメントからも影響を受けていました。グラム・ロックとは、奇抜なメイクアップや派手な衣装、そして演劇的なステージ演出を特徴とするジャンルで、T・レックスやデヴィッド・ボウイがその代表格です。クイーンは後に、デヴィッド・ボウイと1981年に「アンダー・プレッシャー」を共作・共演し、世界的な大ヒットを記録しました。
さらに、彼らが最も大きな影響を受けたバンドは、文句なしにビートルズだと言えるでしょう。楽曲での「ハモり」(ハーモニーのこと、複数の人が異なる音程で歌い、響きを豊かにすること)を楽しむ点など、クイーンの音楽的な特徴を挙げると、その多くがビートルズと重なってきます。ビートルズの音楽的な後継者と呼ぶにふさわしいバンドは、クイーン以外に考えられないのではないでしょうか。
クイーンのサウンドにおける最大の特徴の一つが、ブライアンが自作し、長年愛用しているエレキギター(通称レッド・スペシャル)を多重録音することで、まるでオーケストラのような壮大で重厚な合奏を聴かせる「ギター・オーケストレーション」です。さらに、もう一つの大きな特徴として、フレディの鋭く強い歌声、ブライアンの優しげな声、ロジャーの超高音域まで出るハスキーボイスという、個性豊かな3人のボーカリストによる多重録音を駆使した分厚いコーラスが挙げられます。
この「ギター・オーケストレーション」と分厚いコーラスこそが、他に類を見ないクイーン・サウンドの核を成し、1974年のセカンドアルバム『クイーンII』で一つの完成形に到達したとされています。このアルバムは、クイーンの美学が最も色濃く表れた作品として、音楽愛好家の間で特に高い評価を受けているのをご存知でしょうか。
彼らが活躍していた当時は、ロックにクラシックやジャズの要素を取り入れたプログレッシブ・ロック、通称プログレが全盛期で、ピンク・フロイドやイエスなどが人気を集めていました。クイーンの作品の中では、『クイーンII』がこのプログレッシブ・ロックに最も近いアルバムだといえるでしょう。
🌍時代とジャンルを超越!クイーンが与えた影響とSNSの反響
特にジョンとフレディは、黒人音楽に対する強い志向を持っていました。ジョンの手による1980年の楽曲「地獄へ道づれ」は、アメリカの黒人音楽チャートでも大ヒットを記録しています。この曲をシングルとしてリリースするようクイーンに強く勧めたのが、彼らと親交のあった「キング・オブ・ポップ」マイケル・ジャクソンだったというエピソードは有名です。
クイーンと他のアーティストとの深い結びつきは、1992年4月20日にロンドンで開催された「フレディ・マーキュリー追悼コンサート」からも明確に見て取れます。この追悼公演には、クイーンが尊敬する大先輩、そしてクイーンを深く愛する後輩たちが一堂に会しました。例えば、圧倒的な存在感を放ったガンズ・アンド・ローゼズのアクセル・ローズは、クイーンの残りのメンバーと共に「ウィ・ウィル・ロック・ユー」を熱唱し、クイーンへの深い敬意を示しました。
エルトン・ジョンの出演も忘れられません。ピアノの鍵盤を叩きつけるように熱唱するエルトンのスタイルは、実はフレディに影響を与えていたと言われています。実際、クイーンは初期のコンサートでエルトンの「土曜の夜は僕の生きがい」をカバーしていたのです。そして、この追悼公演で最高の感動的な場面を作り出したのは、若き日のジョージ・マイケルでした。「愛にすべてを」を熱唱する彼の姿は、今なおファンの間で伝説として語り継がれています。
映画『ボヘミアン・ラプソディ』のパンフレットには、多くのロック界の巨匠たちからのクイーンへの賛辞が並べられています。その冒頭を飾ったのは、意外なことにケイティ・ペリーとレディー・ガガでした。ケイティは、「フレディは私に最も大きな影響を与えた人物です」と記しています。クイーンの音楽がロックというジャンルの枠を軽々と飛び越えていったように、彼らが与えた影響もロックの枠を超え、現在の音楽シーンの最前線で鳴り響いていると言えるのではないでしょうか。
2019年6月17日の記事公開当時、SNSでは「クイーンは、多様なジャンルを融合させる音楽性の先駆者だ」「4人全員が作曲できるというバランス感覚が奇跡的だ」といった音楽愛好家からの深い考察や、「映画を見てから改めて初期のアルバムを聴き直している」といった声が多く聞かれ、クイーンの多岐にわたる魅力が再認識されていました。