働き方改革と人手不足の時代に問う!コンビニ・外食の「24時間営業」は本当に必要ですか?

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2019年6月17日付で公開された経済学者の論考が、現在の日本社会が抱える根深い問題に一石を投じています。それは、コンビニエンスストアや外食産業に見られる**「24時間営業」のあり方について、個々の企業の判断を超えて、社会全体として検証する時期に来ているのではないか、という提言です。

例えば、東京で友人と「明日渋谷で」とだけ約束を交わしたとしましょう。ほとんどの人は、特に場所を指定しなくても「ハチ公前」を、時間も「正午ごろ」を待ち合わせ場所や時間だと無意識に思い浮かべるのではないでしょうか。このように、誰かが正式に決めたわけではないのに、多くの人々が共有している共通認識や行動パターンは、経済学では「フォーカル・ポイント」(焦点)と呼ばれます。社会が円滑に機能していく上で、こうした暗黙の了解や慣習は極めて重要であると言えるでしょう。

このフォーカル・ポイントの背景には、「群れ(herd)的行動」という人間の性質があります。人は孤立した存在ではなく、常に周囲の行動を観察し、それに合わせて行動する傾向があるのです。最近の行動経済学でも、この群れ的行動は重要なテーマとして扱われることが増えています。しかし、この群れの行動原理の結果が、必ずしも社会全体にとって望ましい結果をもたらすわけではない点が問題です。

群れ的行動が引き起こす社会的な問題の代表例が、株式や不動産におけるバブルの生成と崩壊です。他者が積極的に投資を行っている状況を見ると、「自分もそうした方が良いのではないか」と考える傾向があります。十分な知識や判断能力がない場合、周りの行動や専門家の意見に頼るのは一般的な行動ですが、その結果として市場の過熱やバブル崩壊につながってしまうケースも少なくありません。

この群れの行動原理の結果、社会のシステム全体が向かう方向に問題があると考えられる場合、それを是正するためには社会全体での議論が不可欠です。この視点こそが、現在大きな論争となっているコンビニや外食店などの過剰とも言える24時間営業を考える上で、非常に大きな意義を持っていると言えるでしょう。店を開けるかどうかは、もちろん企業やオーナーが主体的に決めるべきことではありますが、その結果として、まるで鎖国されているかのように24時間営業が広がりきった現状を議論することは、個別の判断を超えた、社会全体の課題として捉えるべきでしょう。

実際、インターネット上での反応を見ても、24時間営業の是非については賛否両論が巻き起こっています。「便利さが失われるのは困る」「夜勤の人間にはなくてはならないサービスだ」といった声がある一方で、「深夜に働く人が報われていない」「人手不足の中、サービス過剰だ」といった、働き手の環境を憂慮する意見も多く見られます。特に、外国人観光客からは、「夜中に煌々(こうこう)と店が開いている光景は異様に見える」という感想も聞かれるようです。ドイツなどでは、平日の夕方以降や週末には店が閉まっていることが多く、これは働き手がしっかりと休息を取るにはその方が良いという社会的なコンセンサスが背景にあるからだと考えられます。

日本では、多くの店が24時間開いていることが「当たり前」となり、他の店が開いている中で、自分の店だけを閉めることは難しいという慣行が形成されてきました。この慣行を変えるのは容易なことではなく、働く側だけでなく、私たち消費者側の理解も得なければなりません。しかし、人手不足がますます深刻化し、「働き方改革」**が喫緊の重要課題となっている今、この過剰なまでの24時間営業というシステムが本当に行き過ぎていないのかどうか、社会全体の視点から本格的に検証し、新しいバランスを模索する時期に来ているのではないでしょうか。

筆者である私は、利便性を追求しすぎた結果、サービス提供者への負担が大きくなり、社会全体として歪みが生じている可能性を強く感じています。深夜の需要が本当に高いのか、あるいは「開いているから利用する」という消費行動が習慣化しているだけなのか、今一度、立ち止まって考えるべき時でしょう。

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