皆さんは、百人一首における「決まり字」をご存知でしょうか。上の句の最初の1文字が詠まれただけで、下の句が特定できて即座に札を取ることができる、いわゆる「むすめふさほせ」と呼ばれる7首のことです。幼い頃、必死に暗記したという方もいらっしゃるかもしれませんね。その中の一つ、「す」で始まる歌といえば、平安時代の歌人・藤原敏行による「住の江の岸に寄る波よるさへや夢の通ひ路人目よくらむ」です。
この歌は「夢の中でさえ、どうしてあの人は人目を避けようとするのだろう」という、切ない恋心を詠んだ名歌として知られています。「夢の通ひ路」という表現には、現代の私たちをも魅了する独特の雅(みやび)がありますよね。実はこの古歌の舞台となっているのが、現在の大阪市住之江区の湾岸エリアなのです。かつては白砂青松(はくしゃせいしょう)の美しい海岸線だったこの場所が、本日、2019年6月28日、世界中が注目する歴史的な舞台へと変貌を遂げました。
厳戒態勢の中に光る「大阪らしい」おもてなし
本日開幕した「G20大阪サミット」。そのメイン会場となっているのが、まさに住之江区の人工島・咲洲(さきしま)です。会場周辺や大阪市内は、全国から集結した警察官であふれかえり、物々しい厳戒ムードに包まれています。しかし、そんな張り詰めた空気の中にも、大阪ならではのユーモアと温かさが垣間見えるのが面白いところではないでしょうか。
例えば、SNS上ではある「紙袋」の話題で持ちきりになっているのをご存知ですか。大阪土産の定番といえば、あのジューシーな豚まんでお馴染みの老舗店ですが、その紙袋にパトカーと警察官のイラストが描かれているのです。「G20開催中の大阪府警の警備の広報を応援しています」というメッセージと共に、地元企業が官民一体となってサミットを盛り上げようとする姿勢には、思わず頬が緩んでしまいますね。ネット上でも「さすが大阪、抜け目ない!」「厳重警備だけどほっこりした」といった声が多く上がっています。
「負の遺産」から「夢の洲」へ
今回のG20サミットは、単なる国際会議の開催にとどまらない重要な意味を持っています。かつてバブル崩壊により「負の遺産」とも呼ばれた大阪の埋め立て地エリアですが、このサミットを皮切りに、2025年に開催が決まっている大阪・関西万博、さらにはカジノを含む統合型リゾート(IR)の誘致など、巨大プロジェクトが次々と計画されているのです。
私自身、一人の編集者としてこの流れを俯瞰したとき、そこには期待と不安が入り混じった複雑な感情を抱かずにはいられません。かつての美しい「住の江」が、最先端の「夢の洲(ゆめのしま)」へと生まれ変わろうとしている今、私たちはその変革の目撃者となっているのです。莫大な投資に見合うだけの果実、つまり経済効果や文化的なレガシーは本当に得られるのでしょうか。ソロバン勘定だけでは割り切れない未来への賭けが、まさに始まろうとしています。
「夢の通ひ路」という古歌のフレーズが、現代においてはインフラや経済の動脈としての道を想起させるのは皮肉めいているかもしれません。しかし、この大阪のベイエリアが、世界中の人々の夢が行き交う、真に豊かな場所になることを願ってやみません。これからの大阪の成長が、一時の夢で終わるのか、それとも確かな未来へと繋がっていくのか。引き続き、その動向を注視していきたいと思います。