【リーダーの母校】英語嫌いの少女がなぜ外資トップに?小林いずみ氏を育てた「恵泉女学園」の自由と葛藤

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日本経済の最前線で活躍するリーダーたちの原点を探ることは、私たちにとっても大きな学びとなります。2019年5月28日、経済同友会の元副代表幹事であり、かつてメリルリンチ日本証券のトップを務めた小林いずみ氏の「母校」に焦点を当てた記事が公開され、その意外な過去が話題を呼んでいます。

小林氏といえば、バリバリの国際派リーダーというイメージが強いでしょう。しかし、彼女の基礎を築いたのは、東京都世田谷区にある「恵泉女学園高校」での、ある種「泥臭い」とも言える人間形成の日々でした。今回は、彼女がいかにして自分の「芯」を見つけ、リーダーとしての資質を磨いていったのか、その青春時代を紐解いていきます。

「英語は大嫌い」だった高校時代

まず驚かされるのが、後に外資系金融機関の社長となる彼女が、高校時代は「英語が大嫌いだった」という事実です。文法を丸暗記するだけの授業がつまらなく、むしろ行間を読む「国語」の授業に惹かれていたといいます。彼女が海外に目を向けるようになったのは、成蹊大学に進学し、ヨット部での活動を通じて広い世界を知ってからのことでした。

では、高校時代の彼女は何に熱中していたのでしょうか。それは「園芸」と「自己探求」です。恵泉女学園は1900年代初頭に河井道先生によって創立された学校で、制服もなく、個性を尊重する自由な校風が特徴です。広大な敷地で土に触れ、命を慈しむ園芸の授業を通じて、彼女は自然と共生する心を育みました。

個性派揃いの同級生と「埋もれる自分」への焦り

制服のない自由な学校には、服装も趣味も主張もバラバラな、強烈な個性を持った生徒たちが集まっていました。入学したばかりの段階から、誰もが自分の意見を持ち、激しい議論を戦わせる環境。そんな中で、小林氏は自分を「普通の目立たない存在」だと感じ、このままでは埋もれてしまうのではないかという危機感を抱きます。

そこで彼女が始めたのが、日記をつけること、そして読書を通じて自分を見つめ直すことでした。特に高橋和巳の作品からは、人間には超えるべきハードルがあり、それを乗り越えてこそ前に進めるという、生きる上での「核」となる思想を学び取りました。「どんな人間になりたいか」を自問自答し続けたこの時期こそが、彼女のリーダーシップの源泉となったのです。

SNSでの反響と「真のリーダー像」

このエピソードに対し、SNS上では「英語嫌いだったなんて親近感が湧く」「早い段階で『自分は何者か』を問う環境がある学校が素晴らしい」「多様な意見をまとめるスキルは、まさに今の時代に必要な能力だ」といった感嘆の声が多く上がっています。エリート街道を一直線に進んだわけではなく、悩みながら自分を確立した姿に、多くの人が勇気をもらったようです。

私自身、小林氏の「自分の芯を持たなければ対等に話ができない。けれど、主張するだけでは議論はまとまらない」という言葉に、ダイバーシティ(多様性)経営の本質を見た気がします。異なる個性を尊重しつつ、議論を収斂(しゅうれん)させていく調整力。それは、自分という確固たる軸があって初めて可能になる高度なスキルです。

AIやグローバル化が進む現代において、単なる語学力やテクニック以上に、「自分なりの哲学」を持つことがいかに重要か。小林氏の青春譜は、迷える現代のビジネスパーソンに、静かですが力強いエールを送っているように感じます。

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