【参院選の争点】「新しい中間階級」不在の日本で問うべき将来の対立軸とは?欧州の経験から考える政治の核心

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いよいよ2019年7月21日に投開票が迫った参議院通常選挙は、有権者の皆様にとって何を基準に一票を投じるべきか、判断が難しい選挙となりそうです。神戸大学の砂原庸介教授の考察によると、参議院選挙はもともと、衆議院総選挙と比べて政党が主導して全国的な争点を明確に打ち出すのが難しいという構造的な特徴を持っているのです。これは、選挙制度が小選挙区制、中選挙区制、そして非拘束名簿式の比例代表制の混合となっており、それぞれの制度で都道府県の代表としての側面や候補者個人への評価が強調されやすくなるためでしょう。結果として、各政党が全国共通の大きな課題を争点として掲げにくい状況が生まれてしまいます。

実際、主要政党の広報活動を見ても、全国的な課題の争点化は限定的であると言わざるを得ません。例えば、自民党は外交・防衛の実績や「アベノミクス」の成果を前面に出しつつ、社会保障や地方創生、災害復興などの抽象的な目標を並べ、最後に憲法改正を目指す姿勢を示しています。公明党も社会保障を中心としたソフトな政策に言及していますが、基本的には現行政策の改善を前提とした強調点に留まっています。憲法改正という大きなテーマを除けば、消費税増税(予定通りの実施)を含め、現状を維持しつつ改善を図るという、政権党として保守的な戦略を選んでいると見ることができます。

一方の野党側は、消費税増税への反対という共通項は持ちつつも、その他の政策は多様です。立憲民主党は最低賃金の引き上げなどの経済政策や多様性の尊重、「原発ゼロ」、立憲主義、平和外交に言及し、ウェブサイトでは候補者個人の主張を重視しています。国民民主党は「家計第一」をスローガンに掲げ、児童手当や年金、家賃補助など具体的な給付額の増額を強調する構成です。共産党は新たな給付のための消費増税に反対し、大企業の負担強化を主張するほか、護憲平和や原発ゼロ、基地問題などのトピックを並べています。また、日本維新の会は**「身を切る改革」**や効率化を優先し、規制緩和を中心とした成長戦略、そして社会保障の個人化に向けた制度改革といった明確に異なる志向を打ち出しています。

現状維持を志向する与党に対し、野党は現状をどう変革するかという姿勢が問われます。長引く現政権運営によって生じた「ひずみ」が指摘されることも増えていますが、2009年(平成21年)から2012年(平成24年)の政権運営が有権者から厳しく批判された現在の野党にとって、単純に「政権運営能力」という点で競争を挑むのは難しい状況です。野党内部の足並みの乱れを不安に感じる有権者も少なくないでしょう。かつて野党は、2009年(平成21年)の衆院選で「コンクリートから人へ」を掲げた「子ども手当」や、2007年(平成19年)の参院選で農家への戸別所得補償など、政権への批判的な争点となる目玉政策を提示していました。しかし、今回の選挙では消費増税反対という共通項はあっても、それがかつてのような強力な目玉政策につながっているかというと、必ずしも明らかではないようです。

💡争点が不明瞭な日本政治に活かせる欧州の対立軸とは

では、争点が明確ではない中で、私たちはこの選挙で何を問うべきなのでしょうか。唯一の正解はありませんが、砂原教授は似たような状況にある欧州先進国の経験が参考になるとしています。近年の欧州での主要な論点の一つに、医療や年金などの社会保障を含む「社会政策の改革」があるのです。伝統的な政治の対立軸は、福祉国家の枠組みの中で、「増税などによる負担増でサービス給付を増やす左派」と、「サービス給付を抑えてでも負担を抑制する右派」という構図でした。組織された労働者団体が強ければ前者が優勢になり、経営者側が強ければ後者が優勢になる、というものです。

しかし、近年の研究によると、グローバル化によって高所得層が海外に流出する可能性が高まり、さらに社会の多様化によって労働者の側も細分化していく中で、新たな対立軸が出現しています。それは、政府の社会政策として「伝統的な生活保障を重視するか」と「将来の利益を生み出す社会的投資を強調するか」という対立です。ここで専門用語を解説しましょう。「生活保障」とは、生活保護や失業給付に代表されるように、労働によらない生活の維持・確保を通じて、労働力を市場原理から守る「脱商品化」を重視する考え方です。

一方「社会的投資」とは、幼児教育・保育や高等教育、教育訓練、そして労働市場への再参入を促す積極的な労働市場政策など、労働力を市場で活用する「(再)商品化」を志向する政策を指します。

この新しい軸に沿って、税負担が期待される層である経営者や専門職・管理職は、自分たちの税金を有効に使う社会的投資を主張する傾向にあります。これに対し、雇用が不安定な労働者や農業者、中小企業経営者などは、従来通りの生活保障を望む傾向が見られます。その結果、伝統的な「左右の軸」とは異なるタイプの連携が生まれているのです。

政党側にも変化が見られます。従来の左派は、自分たちへのサービス供給拡大とセットで負担に合意する**専門職や公務員を中心とした「新しい中間階級」**を取り込むことを目指し、社会的投資を強調するようになりました。イギリスのブレア政権の「第3の道」などがその代表例です。一方で、右派が取り残された労働者の不満を吸収し、生活保障を主張するという逆転現象も見受けられます。これに加えて、移民への給付の賛否やアイデンティティーの尊重といった論点も重なり、これらの2つの軸に沿って様々な形の連合が形成されているのです。

🎌日本政治の空白域:「新しい中間階級」と将来への投資の必要性

この欧州の構図をもとに日本政治を眺めると、護憲・改憲という対立軸と重なりながら、従来の左派と右派の対立は依然として重要な政治的対立軸です。しかし、共産党のように大企業への大幅な負担増を明示的に求める政党を除き、左派的な政党にとっても負担増は容易な選択肢ではないため、公務員削減など支出削減の方向に向かいがちです。

もう一つの軸である「生活保障」対「社会的投資」については、増税への賛否はあっても、自民党や日本維新の会が保育や幼児教育などを中心に社会的投資を強調する姿勢が見られます。一方で、左派的な政党は、自分たちの従来の支持層の生活保障への関心が強いように見えます。もちろん、政権党にも伝統的な支持層への配慮は残っています。

この結果として、日本では生活保障の論点が細分化して競合し、かつ欧州では「新しい中間階級」が支持するはずの、財政を拡大させつつ社会的投資を強調する分野が、政治的な「空白地帯」になっていると砂原教授は指摘します。欧州との違いの背景には、日本で高等教育を受けて専門的な労働に従事する層、つまり「新しい中間階級」が薄く、組織化も十分に進んでいないという事情もあるのかもしれません。私見ですが、この「新しい中間階級」の不在こそが、将来に向けた大胆な投資に関する議論が進まない大きな要因になっているのではないでしょうか。

もちろん、生活保障よりも社会的投資が常に重要というわけではありません。しかし、限られた財源の中では、これら二つは競合しがちです。社会的投資を重視した結果、生活保障が必要な人たちに行き届かなければ、幅広い支持を得るのは難しいでしょう。そこで、生活保障をしっかりと確保した上で、財源については景気に悪影響を与える増税なのか、将来世代の負担となる借金なのか、慎重な議論が不可欠です。その上で、社会的投資が将来的に大きなリターンを生み出す性質を強調し、政治家個人の思惑を超えて、国を挙げて投資先を選定する試みが今こそ提案されるべきだと考えます。それこそが、将来の経済活動の核となる「新しい中間階級」を生み出すことにつながる道筋になるのではないでしょうか。有権者の皆様には、目先の利害だけでなく、日本の将来を巡る本質的な対立軸にも意識を向けていただきたいものです。

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