2019年5月、世界の金融市場は、米中間の貿易摩擦の激化という名の暗雲に覆われ、リスク回避(リスクかいひ)の動きがかつてないほど強まっています。リスク回避とは、経済の先行きが不安になった際、株などのリスクのある資産を売却し、比較的安全とされる国債(こくさい)、つまり国の借金証書に資金を移す投資家の行動を指します。この動きの結果、国債が大量に買われ、その価格は上昇、反対に金利は急激に低下するという現象が起こっているのです。
この世界的な金利低下は深刻なレベルに達し、世界中でマイナス利回り(マイナスりまわり)で取引される国債の発行残高は、ついに過去最高の8兆3,000億ドル(約900兆円)に達したことが明らかになりました。マイナス利回りとは、文字通り「金利がマイナス」、つまり国債を満期まで保有すると、額面よりも確実に戻ってくるお金が少なくなる状態を指します。例えば、額面が100円の国債を101円で買うようなものですから、満期まで持てば1円の損です。にもかかわらず取引が成立するのは、将来さらに金利が低下して、途中で102円で買い取ってくれる相手が出現すると投資家が見込んでいるからだと言えます。
JPモルガンによる調査では、世界23カ国の国債を対象とした「マイナス利回り国債」の発行残高が、この半年間でほぼ2倍に膨れ上がったことが分かっています。特に長期金利の指標とされる10年物国債の利回りで見ると、日本、ドイツ、デンマークといった国々がマイナス圏に沈んでいます。償還までの期間が短い2年物国債では、オランダやベルギーなど、実に12カ国がマイナス利回りとなっている状況です。この異常な状況は、世界経済の将来に対する景気後退の懸念がいかに強いかを物語っていると言えるでしょう。
日本国内においても、長期金利は2019年5月29日にマイナス0.100%という、およそ2カ月ぶりの低水準まで落ち込みました。これは、日本銀行が金融機関が日銀に預ける当座預金の一部に適用している、マイナス金利政策の水準と並ぶものです。国際金融協会によれば、2018年末時点での世界の政府債務残高は65兆3,000億ドルですから、その少なくとも1割がマイナス利回り国債で占められていることになります。私もコラムニストとして、これほど大量の資金が「確実に損をすると分かっていても買われる」という事態は、市場の極度の警戒感を示す危険なシグナルだと強く感じているところです。
金利低下と株式市場の動向:日米で広がる景気悪化の懸念
世界の市場では、景気後退への懸念から、中央銀行による利下げ(りさげ)を織り込む動きが広がっています。利下げとは、景気の悪化を防ぐため、金利を引き下げてお金を借りやすくする金融政策のことです。三井住友トラスト・アセットマネジメントの押久保直也氏も、「利下げ余地がある米国が主導する形で、さらに金利が低下していく可能性がある」との見解を示しています。
実際に、シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)グループの算出によると、米連邦準備理事会(FRB)が来年1月までに1回利下げする確率は9割、2回利下げする確率も6割近くに達するなど、市場は積極的な利下げをすでに強く織り込んでいる状況です。こうした見通しから、投資家たちは少しでも高い利回りが確保できる投資先に資金を集中させており、日本では、利回りがプラスに保たれている超長期債、つまり償還までの期間が長い国債に資金が集まる結果となりました。
この資金集中により、2019年5月29日には20年物国債の利回りが0.300%と、2016年8月以来、2年9カ月ぶりの低水準まで低下しています。また、米国の長期金利も5月28日には一時的に、米国の政策金利の下限を下回る水準まで低下しており、景気後退の兆候を示す「逆イールド」への警戒が高まっているのです。
このリスク回避の動きは、株式市場にも明確に表れています。2019年5月29日の日経平均株価は、取引時間中に前日比370円超も下落し、一時は2週間ぶりに2万0900円を割り込む場面がありました。終値は256円(1%)安の2万1003円37銭となり、大型連休前の4月に付けた年初来高値(2万2307円)からの下げ幅は1300円を超えている状況です。
特に下落が目立ったのは、米中貿易戦争の影響を直接的に受ける半導体や電子部品などのハイテク関連銘柄です。同日の東京市場では、ソニーが3%安、半導体製造装置を手掛けるSCREENホールディングスが5%安、アドバンテストが4%安となるなど、厳しい展開となりました。みずほ証券の菊地正俊氏は、「米中貿易摩擦の激化によって、テクノロジー企業の**グローバルサプライチェーン(世界の供給網)**が破壊される恐れが出てきた」と指摘し、世界の株式市場は、貿易戦争の影響をまだ十分に織り込み切れていないという見方を示しています。
SNS上でも、「まさかこんなに早く金利がマイナス圏に沈むとは」「貿易戦争がこれほど世界経済を冷やすとは」といった驚きの声や、景気悪化への不安を訴える意見が目立ちます。世界経済の先行きの不透明感が増す中、投資家が「安全な逃げ場」を求めて金利が急低下している現状は、私たちが思っている以上に、危機的な状況にあることを示していると言えるのではないでしょうか。米中間の対立の行方が、今後の世界経済の命運を握っていると言っても過言ではないでしょう。