2019年5月31日の東京株式市場は、世界経済の減速懸念を背景に、極めて神経質な展開となりました。特に投資家の間で広がっているのは、アメリカと中国の間に横たわる貿易摩擦が、企業の業績を大きく押し下げるのではないかという警戒感です。こうした状況を受けて、日本の主要な株価指数である日経平均株価は5月30日、投資家心理の節目とされていた2万1,000円台を約2カ月ぶりに割り込んでしまいました。終値は前日より60円安い2万0,942円となり、2万1,000円割れは3月25日以来のことです。この急落の背景には、半導体や電子部品関連の、いわゆるハイテク株の顕著な値下がりが挙げられます。
このハイテク株暴落の直接的な引き金となったのは、中国の巨大通信機器メーカー、華為技術(ファーウェイ)に対するアメリカ政府の輸出禁止措置です。専門用語である「輸出禁止措置」とは、特定国や企業への製品・技術の供給を制限する行政的な命令のことで、今回の場合、アメリカ企業は原則としてファーウェイへの部品やソフトウェアの供給ができなくなりました。これは、日本の多くのハイテク企業にとって、利益水準が大きく目減りする直接的な要因となるとの見方が広がっており、マーケットは敏感に反応しているのです。
世界の投資マネーの動きを見ても、この不安の大きさが伺えます。株式のようなリスク資産から、より安全性が高いとされる安全資産、具体的には国債へと資金が移動する「シフト」が世界的に発生しているのです。例えば、5月29日のニューヨーク市場では、米ダウ工業株30種平均が約3カ月半ぶりの安値を記録しました。その一方で、アメリカの国債には積極的に買いが集まるという、リスク回避の典型的な動きが確認されています。
トランプ米大統領が中国製品に対する制裁関税を25%に引き上げると表明した5月5日以降、市場のムードは一変しました。この表明直前の営業日である4月26日と比較すると、日経平均株価は5月30日までに約6%も下落し、東京証券取引所第一部全体の時価総額(企業の価値を株式の市場価格で評価した総額)は、およそ30兆円も減少したと推計されます。この中でも特にダメージが大きいのがハイテク関連株であり、例えば半導体製造装置メーカーのSCREENホールディングスは27%安、電子部品大手の村田製作所は22%安を記録するなど、軒並み大幅な下落に見舞われました。
投資家がこれほどまでにハイテク株に対して慎重になるきっかけを作ったのは、やはり先述のファーウェイへの輸出禁止措置です。投資銀行のゴールドマン・サックスは、日本、韓国、中華圏のハイテク企業104社を対象に、2018年度のファーウェイ向け売上高と営業利益を基にその影響を分析しました。その結果、調査対象となった日本企業58社のうち、実に26社でこの問題が年間の営業利益を押し下げる要因になると予測されています。具体的には、半導体試験装置のアドバンテストで11%、電子部品メーカーのTDKで8%、ロームで5%、それぞれ年間営業利益が減少する可能性があるという厳しい見通しです。これは、これらの日本企業が、スマートフォン(スマホ)向けのコンデンサーなどの電子部品や、生産のための設備をファーウェイに大量に供給しているため、問題が業績に直撃する形となったからです。
ゴールドマン・サックス証券の投資調査部長である高山大樹氏は、今回のファーウェイ問題を機に、今後、スマホや通信基地局向けの需要そのものが落ち込んでしまうようであれば、関連企業の業績に対する下押し圧力はさらに増大するだろうと懸念を示しています。米国は5月10日に、対中制裁関税の「第3弾」として2,000億ドル(約22兆円)分の中国製品への関税を25%に引き上げた後も強硬な姿勢を維持し、対する中国も6月1日から600億ドル分について対抗関税を課す計画であり、貿易摩擦の出口は一向に見えません。
投資家の動きと今後の相場見通し
この状況に対し、マーケット関係者の声も切実です。「米中貿易摩擦のニュースが流れるたびに、ハイテク株を売る動きが続いている」と、マッコーリーキャピタル証券の増沢丈彦ヘッドオブセールストレーディングは語っています。また、クレディ・スイス証券の牧野淳株式副本部長は、海外投資家の日本株への投資意欲が乏しくなっており、株価変動率の高いハイテク株などから、国内需要に依存する内需株などへ資金を移動させている現状を指摘しています。
現に、農林中金全共連アセットマネジメントの山本健豪ファンドマネージャーは、「ゴールデンウィークの連休前に購入した、中国向け売上高比率の高い輸出関連株や景気に敏感な株の一部を、すでに手放した」と打ち明けています。これは、米国による対中追加関税の「第4弾」発動の可能性もちらつき、株価下落の終わりが全く見通せないという危機感から来ています。
しかし、このような逆風が吹く中でも、株価は指標面でみると割安感が浮上してきています。日経平均採用銘柄の株価純資産倍率(PBR)が、理論上の解散価値を示す1倍割れに近づいているのです。PBRとは、株価がその企業が持つ純資産に対して何倍の水準にあるかを示す指標で、一般的に1倍を割ると「割安」と判断されることが多いです。こうした状況を踏まえ、アセットマネジメントOneの山田宗頼ファンドマネジャーは、「中長期的に考えれば、ファーウェイ向けの製品の需要は、他社からの代替需要(一つの供給源が断たれた際に、他の供給源で発生する新たな需要)として必ず発生するはずだ」という見解に基づき、ハイテク株を保有し続けていると述べています。
コラムニストの見解として、私はこの一連の動きを「先行きの不透明感が市場を支配した」結果だと見ています。確かに目先の業績への悪影響は避けられないでしょう。しかし、技術革新のスピードは止まりません。投資家は今、米中貿易交渉の行方を固唾をのんで見極めようとしている段階であり、当面は市場全体が極めて敏感な、落ち着きのない相場展開を続けることになるでしょう。しかし、日本企業が持つ高い技術力、特に電子部品や製造装置分野での世界的な優位性は揺るぎないものであり、交渉が何らかの着地点を見出し、不確実性が払拭されれば、市場は一気に反転する可能性も秘めていると確信しています。投資家は、目先のニュースに一喜一憂するのではなく、長期的な視点と冷静な判断を持つことが今、最も求められていると言えるでしょう。