2019年5月30日、シンガポールのヘン・スイキャット副首相兼財務相が都内で行われた日本経済新聞のインタビューに応じ、アジアの経済連携と世界的な課題について、非常に示唆に富む見解を表明されました。ヘン氏は、現時点で次期首相の最有力候補と目されており、その発言は今後のシンガポールの、そしてアジア全体の針路を示すものとして、大きな注目を集めています。**「RCEPの早期妥結に向け、日本と密接に連携していく」**と力強く語られた言葉からは、日本との協力関係を重視する強い意思が伝わってきます。
RCEPとは、東アジア地域包括的経済連携(Regional Comprehensive Economic Partnership)の略で、日本や中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、そして東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国など、計16カ国が参加する広域の**自由貿易協定(FTA)を指します。交渉参加国の人口は世界全体の約半分を占める巨大な経済圏を形成する見込みです。ヘン副首相は、このRCEPが妥結することの意義を、「域内における(参加国間の)分業体制を確立し、今後10年から20年の経済成長を加速させること」にあると明確に説明されました。保護主義的な動きが世界で台頭する今、RCEP妥結は「世界に貿易自由化への信認と自信を与える」**大きな波及効果を持つと強調されています。
私は、ヘン氏がRCEPを単なる貿易協定としてではなく、アジアの長期的な成長エンジンとして捉えている点に深く共感します。世界が内向きになりつつある時代に、これほど大規模な経済圏が自由化の旗を掲げることは、まさしく希望の光と言えるでしょう。また、**世界貿易機関(WTO)の改革についても、「経済のデジタル化を促進し、第4次産業革命に対応するために、ルールのアップデートが必要」**と述べ、日本が進める改革への協力姿勢を示されました。このデジタル時代の新しい経済活動に対応できる国際ルール作りは、喫緊の課題であり、シンガポールのような先進的な視点を持つ国の協力は不可欠だと考えられます。
アメリカと中国の「二極化」が世界を脅かす
一方で、世界経済の最大のリスクとして、アメリカと中国の間の貿易摩擦についても言及されています。ヘン氏は**「シンガポール経済はすでに悪影響を受けている」と現状を分析されました。実際、2019年1月から3月期の国内総生産(GDP)成長率は前年同期比1.2%増と、約10年ぶりの低水準に落ち込んでいます。短期的な貿易の悪化だけでなく、「投資家心理の悪化は、今後数年間の成長に長期的な悪影響を及ぼす」**という懸念を示されました。
特に強い危機感を示されたのは、「世界が米中陣営に二極化していくこと」への懸念です。もしそうなれば、国際的な「労働の分業体制やサプライチェーンが破壊される」ことになりかねません。この深刻な状況を回避するため、ヘン氏は米中両国に対し、「建設的な協力」を行うよう強く促されました。目先の貿易摩擦の影響を軽減するためには、短期的な金融・財政政策による対応に加え、国内経済の構造改革を進めることが重要であるとの提言もなされています。
国際政治のコラムニストとして、私はヘン氏のこの警鐘が非常に重要だと考えます。世界が二つの陣営に分断されることは、経済合理性を無視した非効率な体制を生み出し、すべての国にとってマイナスでしかありません。シンガポールのような開放経済体制を貫く国が、米中に対して**「建設的な協力」を呼びかけることは、国際社会の健全性を保つ上で、極めて大きな意味を持つと言えるでしょう。また、ASEANのインフラ事業**に関して、**効率的な都市整備(スマートシティー)**の実現に向けて、日本の政府や企業との連携を強化する方針を表明し、日本の巨額の貯蓄がASEANのインフラ整備に活用されることへの強い期待感も示されています。
多民族社会の未来と「リー・クアンユーの遺産」
次期首相として期待されるヘン氏が挙げたシンガポールの今後の課題は、**「少子高齢化への対応」**です。高齢者が生産性と能力を維持しながら働き続けることができるよう、生涯教育の充実に重点的な投資を行う考えを強調されています。これは、アジアの多くの国が直面している共通の課題であり、シンガポールの取り組みは、他の国々にとってもモデルケースになる可能性があります。
また、世界で多発するテロを考慮し、「過激派によるテロはいつどこでも、どんな宗教グループからも起こりうる」と指摘し、多民族社会であるシンガポールではテロの抑止が今後も最優先の課題であり続けると述べられています。その一方で、「多文化、多宗教、多言語社会はシンガポールが成功した要素であり、維持していくべきだ」とも語られています。これは、建国の父である故リー・クアンユー元首相の時代から受け継がれてきた、シンガポールの基本的な特質である**「開放的で世界とつながる利点」**を堅持していくという強い決意の表れであると拝察いたします。
ヘン・スイキャット氏は、故リー・クアンユー元首相の首席秘書官やシンガポール金融通貨庁(MAS)長官などを歴任し、2011年に政界入りされました。特にMAS長官時代には、英バンカー誌から**「アジア太平洋地域で最も優秀な中央銀行総裁」に選ばれた経験もお持ちです。その経歴と国際的な知見に裏打ちされた今回の発言は、SNSでも「RCEPの重要性がよく分かった」「米中二極化への懸念は納得できる」「アジアの未来を考える上で貴重な提言だ」といった好意的な反響を呼んでいます。シンガポールの次期リーダーが描く、多文化共生と自由貿易を堅持する「開かれた未来」**の構想に、私たちは大きな期待を寄せるべきでしょう。