2019年5月、令和初の国賓として来日したドナルド・トランプ米国大統領は、安倍晋三首相によるゴルフや相撲観戦、炉端焼きといった手厚い歓迎を受け、「日米蜜月」を強く印象づけました。首相も満足げな様子でしたが、この華やかな外交の裏側で、日本の防衛産業関係者の間には暗雲が立ち込めていたのです。
その背景にあるのが、米国からのF-35ステルス戦闘機の大量調達です。トランプ大統領は2019年5月28日、「日本はF-35を105機買う」と発言しました。これは、米国政府が提示する価格や納期を日本側が受け入れるFMS(対外有償軍事援助)という方式に基づくもので、日本は既に2018年12月にこの方針を公表しています。このFMSによる2019年度の調達額は、予算ベースで7013億円と、前年度から約7割も増加する見通しです。
増大する防衛費と国内産業の「取り分」のジレンマ
防衛費の総額が増えるにもかかわらず、なぜ国内産業が危機感を募らせているのでしょうか。それは、FMSという調達方式では、海外製品をそのまま購入するため、日本企業の出番が激減してしまうからです。これまでのライセンス生産、つまり日本の企業が技術供与を受けて国内で製品を製造・組み立てる方式であれば、たとえ海外調達であっても国内企業が恩恵を受けられましたが、FMSではそれが期待できないのです。
特に打撃を受けているのが、防衛省向けの航空機エンジンをほぼ独占的に手掛けてきたIHI(アイ・エイチ・アイ)です。IHIの航空・宇宙・防衛事業は、2019年3月期の売上高が連結全体の約3割を占める会社の稼ぎ頭です。このうち防衛関連の売上高は約1000億円程度ですが、FMSの影響によって数年で1割前後減少する可能性が指摘されています。稼ぎの柱の一つが揺らぎ始めている状況と言えるでしょう。
目に見える売上高の減少以上に深刻なのが、技術面への影響です。戦闘機エンジンは、F1カーにも例えられるように、極限の性能を引き出すため最先端の技術が投入される分野です。IHIはこの防衛向けエンジン開発で培った高度な技術を、民間用エンジンの開発へ転用することで、技術力を維持・発展させてきました。しかし、防衛向けエンジンの国内での仕事が減れば、最新技術を蓄積し、民間へと活かすという技術の好循環が滞ってしまう恐れがあるのです。
日本初の国産ジェットエンジンを開発した歴史を持つIHIが、防衛省向けエンジンを一気通貫(設計から製造まで全て)で手掛けてきた実績は、同社の信用の証しとして、民間エンジンの国際共同開発においても重要な意味を持っています。この信用と技術の流れが滞れば、会社の屋台骨を揺るがす事態にも発展しかねません。
航空エンジン事業を統括する識名朝春領域長も、この一気通貫体制が民間事業への信用につながる点を強調されており、この分野の技術はIHIにとって生命線とも言えるでしょう。防衛費の増加が、かえって国内の技術基盤を弱体化させるという、なんとも皮肉な事態が進行しているわけです。
私の意見では、安全保障は確かに最優先事項ですが、米国の兵器をそのまま購入するFMS偏重は、「安全保障の経済学」という視点で見ると大きな課題を抱えています。一時的な友好関係を演出するため、国内の防衛技術という未来への投資を切り崩すことは、長期的な国益に資するのか、真剣に議論されるべきだと考えます。高度な技術は国の宝であり、その維持・発展なくして真の安全保障は確立できないのではないでしょうか。
このような状況を背景に、SNSでは「FMSは技術の空洞化を招く」「日本の防衛産業は大丈夫か」といった懸念の声が広がっています。特にIHIの持つ独自技術の喪失を危惧する声が多く、「次期戦闘機開発で日本の主導権を確保すべき」という意見が、#IHI や #次期戦闘機 といったキーワードと共に多く見受けられます。
次期主力戦闘機「FX」開発こそが起死回生の鍵
この難局を乗り越えるための切り札として注目されているのが、2030年代に防衛省が導入を予定している次期主力戦闘機(FX)の開発です。IHIは既に、FXに搭載することを想定したエンジン「XF9」を2018年6月に防衛省へ納入しており、その性能は米ロ空軍の最新鋭機のエンジンにも引けを取らない水準にあると評価されています。
このFX開発において、日本勢が開発主体となるのか、それとも米国の企業が主導権を握ることになるのかが、IHIをはじめとする日本の防衛産業の将来を左右する最大の焦点となるでしょう。もし日本が主導権を握ることができれば、エンジンを含む基幹技術の開発を国内で進められ、技術の維持・向上、そして雇用の確保にもつながると期待されています。
足元のIHIは、2019年1月の年初来高値に比べると、株価は3割程度安い水準で推移していますが、2019年3月に発覚したエンジン整備の不正検査問題については、既に国土交通省へ改善報告書を提出しています。また、前期の純利益は5倍近くに回復しており、クレディ・スイス証券の黒田真路氏が指摘するように、「IHIを取り巻く相場環境は改善しつつある」という前向きな側面も見受けられます。
しかし、FMSによる海外調達の流れは長期化が予想されます。2020年の米大統領選でトランプ大統領が再選となれば、この傾向はさらに強まり、IHIへの影響が拡大する懸念もあります。トランプ大統領は笑顔で帰国の途に就かれましたが、日本の防衛産業、特にIHIにとっては、気の抜けない日々が続くことになりそうです。次期主力戦闘機FXの開発における日本の主導権獲得こそが、国内技術を守るための最重要ミッションとなるでしょう。