【脚本家・橋田壽賀子の壮絶な人生】遺産のすべてを財団へ、墓には「夫婦の腕時計」!「おしん」で知られる巨匠の 感動的な終活

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国民的ドラマを数多く手掛けた脚本家、橋田壽賀子氏の自伝的なエピソードが、多くの読者の心を打ちました。氏はご自身の人生を題材にした2本のテレビドラマについて語られており、一つは1994年(平成6年)10月から翌年9月にかけて放送されたNHK連続テレビ小説『春よ、来い』です。この作品は、日本女子大学への上京から始まり、脚本家としての活動、そして最愛のご主人を亡くされるまでの日々を描いたもので、松任谷由実さんの主題歌も非常に印象的でした。橋田氏は当初、ご自身をさらけ出すことにためらいを感じたそうですが、自身が経験した時代をドラマとして残すことに意義を見出し、制作に踏み切ったといいます。

この『春よ、来い』では、途中、主演女優の安田成美さんが健康上の理由とされる急な降板があり、大きな話題となりました。安田さんの出演部分を第1部、そして新たに役を引き継いだ中田喜子さんの部分を第2部として放送が継続されたという異例の事態は、当時のテレビ業界に衝撃を与えました。橋田氏ご自身は降板の詳しい理由はご存じないとのことですが、この出来事もまた、氏の半生を彩る一つのエピソードとして記録されていますね。また、もう一つの自伝的ドラマとして、2012年(平成24年)7月にTBSで放送された『妻が夫をおくるとき』があります。これは、氏が連載の初回で触れられた、ご主人との最期の別れに至る経緯を克明に描いた作品でしょう。ご主人役を大杉漣さん、橋田氏役を岸本加世子さんが演じ、熱海のご自宅周辺でもロケが行われたといいますが、「私たち夫婦よりずっと美男美女でした」と、その様子を温かい眼差しでご覧になっていたそうです。

積み重ねた脚本と、愛する夫への想い

生涯で数えきれないほどのドラマを執筆されてきた橋田氏ですが、書き上げた脚本はすべて製本され、ご自宅の壁一面の書棚に収まりきらず、いたるところに並べられているといいます。この膨大な資料は、脚本家としての氏の情熱と努力の結晶といえるでしょう。この書棚は、ご主人を亡くされた後に、もともとのご自宅と道を挟んだ場所に新築された別宅の一角にあるそうです。番組スタッフを招いたり、後進の育成を目的とした塾を開いたりするため、広く大きな家が必要だと考えて建てられたとのことです。

しかし、新居に移られた後も、橋田氏はどこか落ち着かない気持ちを抱えていらっしゃいました。それは、ご主人の不在をしみじみと感じて寂しくなるからだといいます。結局、元の家に戻ると、そこには確かにご主人の「気配」がある。1階で家事をしていれば「嘉一(かいち)さんは2階にいるな」と感じ、2階で仕事をしていれば「嘉一さんは1階にいるのだろう」と思えるのだとか。このエピソードから、お二人の間には、物理的な距離を超えた強い絆と、深い愛情が存在していたことが伝わってきます。私も、このような愛情を培うことができたら、どんなに幸せだろうかと思います。

結婚生活を送っている間が、橋田氏にとって最も仕事が捗った時期だったそうです。これは、ご主人との間で「原稿用紙を広げない」という約束があったため、ご主人が帰宅されるまでの間に必死で鉛筆を走らせていたからに他なりません。帰宅後は食事の支度や晩酌の相手で仕事どころではなくなるため、限られた時間を最大限に活用していたのですね。愛する夫との時間を大切にするために、仕事にも集中力を高めていたという事実は、現代を生きる私たちにとっても、時間管理と家族とのバランスについて深く考えさせられるでしょう。

葬儀は不要、忘れられたい…そして「夫婦だけの時間」を永遠に

2019年(平成31年)2月、橋田氏はクルーズ船での旅行中に大量の下血に見舞われ、ベトナムの病院で輸血を受けるという出来事がありました。病名は「マロリー・ワイス症候群」というもので、これは嘔吐や咳などによる腹圧の急激な上昇で食道と胃の接合部の粘膜が裂けて出血する疾患です。高齢になれば、いつ何が起こるか予測できませんから、氏はずっと以前から「終活」を進めていらっしゃいました。これは、人生の終焉に向けて、自分の財産や希望を整理し、準備しておく活動のことですね。

氏の全ての財産は、「橋田文化財団」に遺贈されるように手配済みだそうです。また、ご自身の葬儀も行わないでほしいと要望されており、「静かに消えていき、忘れられたい」という、さっぱりとした願望を抱いていらっしゃいます。ご主人は大好きだった沼津のお義母さまのお墓に入られていますが、橋田氏はご主人のご実家である岩崎家との縁を切られたため、ご一緒のお墓には入れない状況となってしまいました。そこで氏が選ばれたのが、静岡県小山町の冨士霊園にある、日本文芸家協会が運営する「文學者之(ぶんがくしゃの)墓」です。

これは「日本に生まれ日本の文学に貢献せる人々の霊を祀る」合祀墓であり、そこには橋田壽賀子という筆名とともに、代表作として国民的ドラマである『おしん』の名が刻字されているとのこと。橋田氏は、この墓の中に、ご夫婦の「腕時計」を入れることにされています。亡くなった後、そのお墓の中で、再びご夫婦二人の時間が永遠に流れ続けるように、との切なる願いを込めて。この「夫婦の腕時計」のエピソードは、SNSでも「純愛すぎる」「涙腺崩壊した」と非常に大きな反響を呼び、夫婦の愛の深さに感動を覚える人々が続出しています。私も、このロマンチックで感動的な決断に、深い尊敬の念を抱かずにはいられません。脚本家・橋田壽賀子氏の壮絶でありながらも愛に満ちた人生の幕引きは、多くの人々の心に深く刻まれることでしょう。

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