2019年6月1日、日本の製造業を代表する東芝から、経営再建に向けた極めて重要なニュースが飛び込んできました。同社は、長らく経営の懸念材料となっていた米国の液化天然ガス(LNG)事業を、フランスのエネルギー大手であるトタル(Total)に売却すると正式に発表したのです。これは単なる事業譲渡ではなく、東芝が抱えていた最大のリスク要因を切り離し、社会インフラなどの本業へ回帰するための大きな一歩と言えるでしょう。
今回の契約では、トタルのシンガポール子会社に対し、2020年3月末までに事業を譲渡することで合意しています。特筆すべきは、その金銭的な動きの複雑さです。譲渡額自体は1500万ドル(約17億円)とされていますが、一方で東芝は、事業売却に伴う一時金や関連費用として、逆にトタル側へ8億1500万ドルを支払う契約となっているのです。これは一見すると奇妙に見えますが、将来発生しうる巨額損失のリスクを相手に引き受けてもらうための「手切れ金」のようなものと考えれば分かりやすいかもしれません。
この結果、東芝は2020年3月期の決算において、売却関連費用を含めて約930億円の損失を計上する見通しとなりました。しかし、これで将来にわたって最大1兆円規模とも噂された潜在的な損失リスクから解放されることを考えれば、必要な「外科手術」だったと捉えることができるはずです。市場やステークホルダーも、この痛みを伴う決断を、不透明感の払拭として好意的に受け止める可能性が高いのではないでしょうか。
破談を乗り越え、欧州メジャーとの提携へ
実はこのLNG事業売却、一筋縄ではいきませんでした。当初、東芝は2018年11月に中国の民間ガス大手ENNグループへの売却を決めていましたが、ENN側の株主の反対や当局の認可遅れにより、2019年4月にまさかの破談となっていたのです。そこからわずか2ヶ月弱で、これだけの大型案件をまとめ上げた東芝経営陣のスピード感は評価に値します。
新たなパートナーとなる仏トタルは、「国際石油資本(メジャー)」と呼ばれる世界的なエネルギー企業の一角を占めています。メジャーとは、石油やガスの探査から生産、輸送、精製、販売までを垂直統合で行う巨大企業の総称です。トタルはすでにLNGの世界シェア約1割を持つ巨人であり、オーストラリアのプロジェクトなどを含め、調達先の多様化を目指しています。東芝が手放す米国の権益を引き受けることは、トタルにとっても世界戦略上のメリットが大きいと判断されたのでしょう。
エネルギー事業の難しさと今後の展望
そもそも東芝がこの事業に参入した2013年は、東日本大震災後の原発停止を受け、日本国内でLNG火力の需要が急増していた時期でした。米国産のシェールガス(頁岩層から採取される天然ガス)をLNGに加工し、20年にわたって販売するという計画でしたが、東芝にはガスを安定的に消費する自前の発電所も、強固な顧客基盤もありませんでした。資源価格の乱高下リスクをメーカーが単独で背負う構造には、当初から無理があったのかもしれません。
今回の発表を受け、SNS上では「ようやく巨額損失の爆弾処理が終わったか」「高い勉強代になったが、これで東芝は本業に集中できる」「930億円の赤字は痛いが、将来の1兆円リスクが消えるなら安いものだ」といった、安堵と期待が入り混じった声が多く上がっています。多くの人々が、名門企業の復活を願っていることが伝わってきます。
私自身、この決断は東芝が真の再生を果たすための「損切り」として英断だったと考えます。エネルギー販売という不慣れな投機的事業から撤退し、得意とする社会インフラや技術開発に経営資源を集中させることこそが、技術の東芝を取り戻す最短ルートなのです。2019年6月1日は、東芝にとって「過去との決別」を果たした重要な一日として記憶されることになるでしょう。